2025/07/03
畳の上でゴロゴロ──五感で感じる和室 寝ころんで初めてわかる、日本の空間のやさしさ

旅の途中、予定をすべて終えて宿に戻る。靴を脱ぎ、部屋に入った瞬間、ふわりと香るい草の香り。和室の畳に腰を下ろし、そのままごろんと寝ころぶ。視界には天井の木目、障子越しのやわらかな光、かすかに風が揺らすカーテン──そんな瞬間が、心と身体をそっとほどいてくれる。

「畳の上でゴロゴロする」ただそれだけの行為が、思いのほか深い癒しになることを知っている人は、実はそう多くない。けれど、実際に体験すると誰もが「ああ、こういう時間が必要だった」と実感する。和室の魅力は、静けさや簡素さだけではなく、“寝ころんで過ごしていい”という空間の寛容さにある。

この体験は、旅館や古民家宿、温泉宿などで自然と味わえる時間の一部でありながら、近年ではあえて「何もしない和室滞在プラン」や「畳で過ごすワークショップ」として注目されている。スケジュールを詰め込まない旅の提案として、あえて観光地を回らず、宿の和室で過ごすことを目的に選ぶ人も増えている。

畳は、足で歩くとき、手をつくとき、寝ころぶとき、それぞれの接触にやわらかく応えてくれる。床であり、椅子であり、ベッドでもあるという自由さは、西洋式の空間にはない心地よさを生む。昼寝をしてもいい、ぼーっとしてもいい、本を読んでもいい──和室には“過ごし方に正解がない”という包容力がある。

親子での旅では、畳の上での時間が、いつのまにか遊びと休息の場になる。子どもは裸足で走り回り、積み木を広げ、ごろんと転がって天井を見上げる。大人はその横で寝転んだまま、ただ静かに過ごす。畳の上で時間を共有することで、親子の間にも自然なリズムが生まれてくる。

和室には、素材の美しさがある。い草の香り、障子越しの光、木のぬくもり、布団の感触。旅先で疲れた身体が、それらの静かな刺激によって徐々に緩んでいくのを感じる。家具が少ないからこそ、視界にも余白があり、心の中まで片づいていくような感覚がある。

外国人旅行者にとっても、和室は“日本らしさ”を感じる象徴的な空間のひとつだが、実際に畳の上で寝転ぶという行為は新鮮で驚きをもって迎えられることが多い。多くの宿では英語や他言語での案内が整っており、正座や寝ころび方、布団の敷き方などをやさしく伝える工夫がある。「靴を脱ぐことの意味」「床と同じ高さで暮らす文化」にふれることで、日本の生活感そのものを体感できる。

また、畳の上での“ゴロゴロ時間”は、デジタルデトックスにもつながる。スマートフォンやタブレットをあえて手放し、目を閉じて五感をひらく時間を過ごす。耳に届くのは、風の音、鳥の声、隣の部屋の布団を敷く音。そうした小さな音が、日常から切り離された“旅の静けさ”を教えてくれる。

ごろりと寝ころび、天井を見上げる。その何気ない行為の中に、「旅先の和室でしか味わえない時間」が確かにある。予定を詰めず、動かず、ただ感じるという選択が、心と身体をととのえてくれる。

畳の上の“なにもしない時間”こそ、旅の記憶に深く残るやさしさになる。