2025/06/27
「日本の昔の歌が“教材”に──アジアの学校で広がる日本語教育の音」  

「ふるさと」「赤とんぼ」「さくらさくら」──どこか懐かしい旋律に、日本語のやさしい響きが重なる。これらの日本の“昔の歌”が、いまアジア各地の学校で日本語教育の教材として活用されはじめている。

文字や文法だけでは伝えきれない「日本語のリズム」や「文化の背景」が、歌を通して自然に伝わる。そんな“音を介した言語学習”が、日本語学習者たちに新たな気づきと関心をもたらしているのだ。

言葉と音楽が出会うとき、学びは深まる

教科書だけでは学びにくいのが、日本語の「抑揚」や「リズム感」、そして言葉の“情緒的な流れ”である。そこで注目されているのが、日本の昔の歌を使った音声教材だ。

たとえば「赤とんぼ」の歌詞では、「夕焼け小焼けの赤とんぼ」という一節に、“景色の描写”と“郷愁の感情”が一体となっており、歌いながら言葉の裏にある文化的な背景にも触れられる。

台湾、タイ、インドネシアなどでは、日本語学習クラスの中で童謡や唱歌を歌うアクティビティが取り入れられ、生徒たちが“言葉で歌う”“耳で意味を探る”という、双方向の学習を体験している。

歌は“発音”と“意味”の橋渡し

アジア圏の学習者が日本語で苦戦しやすいのが、音の高低や助詞の聞き取り。「は」と「が」、「に」と「で」の使い分けなども、文法では理解できても実際の会話では混乱しやすい。

その点、歌の中では自然な形で助詞が使われているため、繰り返し歌うことで“文法を体で覚える”ことが可能になる。また、発音練習としても有効で、「らりるれろ」など日本語特有の音が、歌を通して楽しく身につく。

あるインドネシアの高校教師は、「生徒が『花は咲く』を歌いながら、『は』の使い方に初めて納得していた」と語っている。

情景と文化が結びつく教材

昔の日本の歌には、季節の移ろいや生活の風景が多く登場する。「春がきた」「夏は来ぬ」「虫のこえ」「雪」など、自然とのつながりを歌った曲は、日本人の季節観や価値観を伝える“生きた教材”とも言える。

この点に注目したマレーシアのある日本語教師は、歌に登場する単語と実際の風景写真を組み合わせた教材を開発。たとえば「たき火」の歌詞に出てくる“落ち葉”や“さざんか”を映像とともに紹介し、学習者が歌を通じて「日本の冬ってこうなんだ」と想像できるようにしている。

視覚と聴覚を同時に使うことで、単なる語彙習得を超えた“文化理解”の一歩となっている。

歌の力は“感情”に届く

言語学習において、感情と結びついた記憶は長く残ると言われている。歌はまさにその役割を果たすツールであり、旋律と一緒に覚えた言葉は、記憶の中で“意味”と“感触”を同時に再生してくれる。

たとえば、「ふるさと」を学んだベトナムの学生たちは、「意味は全部わからなくても、懐かしい感じが伝わってきた」と話す。そこには、翻訳を超えた“共感の回路”が開かれている。

おわりに──歌がつなぐ、言葉と文化と心

日本の昔の歌は、過去の遺産ではなく、今なお生きている“学びの素材”だ。アジアの教室で流れるその旋律は、日本語の音を伝えるだけでなく、日本人の暮らし、感情、風景をも伝えている。

翻訳された言葉ではなく、「日本語そのもの」の響きで伝わるものがある。
それは、言葉だけでは届かない文化の深部に、静かに寄り添ってくれる“音の贈りもの”なのだ。