2025/06/27
「民謡は地方の資源──海外ツーリズムで復活する“うたのふるさと”」

かつて田植えや漁、子守りや祭りの場で自然と歌われていた「民謡」。地域の暮らしとともに生まれ、世代を越えて受け継がれてきたその“うた”は、高度経済成長とともに日常から遠ざかりつつある。

しかしいま、その民謡が“観光資源”として新たな光を浴びている。特に海外からの旅行者にとって、「土地に根ざした声」は、その地域の空気や歴史に触れる“唯一無二の体験”として魅力的に映っているのだ。

地方に眠る「うたの遺産」

日本各地には、今も数多くの民謡が息づいている。「ソーラン節」(北海道)、「五木の子守唄」(熊本)、「南部牛追い唄」(岩手)など、地域独自のことば、リズム、メロディをもつそれらの歌は、単なる“音楽”ではなく、その土地の風景や労働の記憶、自然観を映し出す“音の民俗誌”とも言える。

ところが、若い世代との断絶や生活様式の変化により、これらの歌は披露される機会が激減。地域の外どころか、地元の子どもたちにすら知られていないケースも少なくない。

「聴く観光」から「参加する観光」へ

そんな中、近年注目を集めているのが「民謡体験型ツーリズム」だ。観光客がその土地に伝わる民謡を“見る・聴くだけ”ではなく、“習って、歌って、体験する”というスタイルが、欧州やアジアからの文化旅志向の旅行者に好評を得ている。

たとえば秋田では、三味線のリズムに合わせて「秋田音頭」を体験するプログラムや、地元の保存会による唄と踊りのワークショップが人気。英語やフランス語の通訳を交えながら、歌の背景や意味、節まわしを丁寧に教えることで、「文化の深み」が伝わる工夫がされている。

体験後、「その土地の風や土の匂いを歌で感じられた」と話す旅行者もおり、民謡が単なる音楽を超えて“旅の記憶”になる瞬間が生まれている。

「うたのふるさと」が地域を再生する

民謡ツーリズムは、地域に眠る文化資源を再発掘し、地元の人々にとっても“誇り”を再確認する機会になっている。とくに年配者と若者が一緒に唄い、演奏し、海外の人に教えるというプロセスは、世代間交流の新しいかたちを生んでいる。

また、祭りや農作業と結びついてきた民謡を切り口にすることで、観光客は季節ごとの暮らしや地域のリズムを体感することができ、単なる「訪問地」から「共に時間を過ごす場」へと関係が深まっていく。

地域にとっても、文化保存活動と経済活性化を両立できるモデルとして注目されており、自治体や観光協会の支援が進みつつある。

世界が“土地の声”を求めている

今、グローバルな観光の中で求められているのは、「有名なものを消費する旅」ではなく、「唯一の場所でしか得られない体験」だ。

民謡はまさにその象徴である。誰が歌うか、どこで歌うかによって表情が変わり、その土地の言葉や風景が音の中に刻まれている。海外の旅行者にとって、それは“文化と心の距離”を縮める貴重な鍵となる。

おわりに──民謡は消えるものではなく、蘇るもの

かつて暮らしの中で自然と口ずさまれていた“うた”は、時代の波に押されて静かに姿を消そうとしていた。だが今、旅人の耳と心を通して、もう一度“うたのふるさと”が甦ろうとしている。

民謡は地方の声であり、時間を越えて残る風景の一部。
それは静かながら、確かな地域資源であり、未来へ向かう文化の種でもある。