キャラクターが歩いた道を、自分も歩きたい。
作中で見た景色を、現実の空気とともに味わいたい。
そう願うアニメファンたちが世界各国から日本を訪れ、作品の舞台となった地域を巡る“聖地巡礼”は、いまや一過性のブームではなく、観光業・地域経済にとって確かな収益源となりつつある。
観光地として有名ではなかった地方都市や小さな町が、アニメをきっかけに年間数万人規模の来訪者を迎えるようになった事例も少なくない。アニメの力は、どれほど“リアルな経済”を動かしているのだろうか。
「作品の背景」が「旅の目的」になる時代
『君の名は。』(2016年)の大ヒットにより、飛騨市(岐阜県)や信濃町(長野県)に海外ファンが急増したのは記憶に新しい。また『らき☆すた』で知られる埼玉県久喜市、『氷菓』の舞台となった高山市、『ゆるキャン△』による山梨・静岡のアウトドア観光地化など、枚挙にいとまがない。
これらの共通点は、作品内の“具体的な風景”が物語の中で生きていること。ファンはそれを追体験するため、地図を片手に実在の場所を巡る。つまり、もはや「観光地を探す」のではなく、「物語をなぞる」ことが旅の動機となっているのだ。
経済効果は“長く、広く、深く”
アニメの放送や映画の公開と同時に集客が増えるだけでなく、リピーターが多いのも聖地巡礼の特徴だ。季節や時間帯を変えて再訪し、作中の情景を完全に再現することに情熱を注ぐファンもいる。
このような訪問者によって、地域の宿泊施設、飲食店、交通機関、お土産品店などに波及効果が生まれる。観光庁の調査によれば、ある人気アニメの舞台となった町では、年間で約5億円規模の経済波及効果が確認されたという。
さらに、地元が公式にアニメと連携したイベントや展示を行えば、その効果は持続的なものとなり、自治体にとって“人口減対策や雇用創出にも貢献する”という好事例となっている。
海外ファンが求めているのは“体験とつながり”
インバウンドの聖地巡礼者が特に重視するのは、ただの記念写真ではない。
キャラが食べた同じメニューを地元の食堂で味わい、神社で同じ絵馬を奉納し、作中と同じ角度で風景を切り取る──その「物語との一体感」こそが最大の魅力であり、日本ならではの“文化体験”として評価されている。
近年では、地域の人々と直接触れ合うことを楽しみにしている旅行者も多く、外国語対応の観光案内所や、地元高校生との交流イベントなどが歓迎されている。アニメが“国境を越えた共通言語”として機能している好例だ。
地元と作品が“共に育つ”関係へ
一方で、アニメファンが殺到することでトラブルが起きたり、マナーの問題が指摘されることもある。しかし、多くの成功事例では、地元住民とファンが「お互いに育て合う関係」を築いている。
たとえば高山市では、地域住民が「氷菓応援隊」を結成し、ファンに向けた案内を自主的に行っている。また、舞台となった店舗がアニメに登場したメニューを再現し、“参加型観光”を展開することで、来訪者の満足度とリピート率を高めている。
このように、“作品に登場した場所”から、“作品と共にある場所”へと変わっていく町も少なくない。
おわりに──アニメが導く「来訪理由の新しいかたち」
アニメの舞台をめぐる旅は、単なる観光ではなく、「物語を通じてその土地とつながる行為」になっている。そしてその体験が、旅人にとっても地域にとっても“特別な意味”を持つようになる。
“聖地巡礼”は一過性のブームではなく、物語・地域・人をつなげる「文化の循環」の入口だ。アニメというソフトが、土地というハードと出会ったとき、そこに生まれるのは“消費”ではなく、“共感”であり、“再訪したくなる関係”である。
これからの日本の観光を動かすのは、地図ではなく物語かもしれない。
そしてその物語は、アニメのなかから静かに歩き始めている。