2025/06/27
「銭湯から始まる交流──江戸の“公共文化”がパリの街角に」

タオルを手に、見知らぬ人と同じお湯に浸かる。会話を交わさなくても、湯気の中で自然と気持ちが和らいでいく──そんな日本の「銭湯文化」が、いまフランス・パリの一部地域で、思いがけない広がりを見せている。

洗う・浸かるという機能だけではなく、“人が集い、緩やかに交わる場所”としての銭湯。実はそれは、江戸時代から続く日本独自の「公共文化」でもあった。そして今、都市化と孤立が進むヨーロッパで、その価値が再発見されている。

江戸の銭湯は“社交場”だった

江戸時代、長屋住まいの庶民にとって銭湯は単なる入浴施設ではなかった。家に風呂がない代わりに、町内の人々が通う“共有空間”として、銭湯は生活に欠かせない存在だった。

湯船につかりながら季節の話題を交わし、隣人の近況を知り、時には商売の情報交換や縁談の話まで飛び出す。そこには“偶然の出会いと自然な対話”があり、江戸の町に独特のコミュニティを形成していた。

こうした“公共空間の中の私的な交流”が、現代パリで求められているというのは、少し意外に思えるかもしれない。

パリの街角に誕生した“小さな銭湯”

きっかけは、パリ在住の日本人建築家が主導した小規模施設「SENTO PARIS」。2022年、マレ地区にオープンしたこの施設は、和風の木造設計に白壁と石畳を取り入れ、男女共用の時間制貸切スタイルで運営されている。

湯温は42度。湯船はわずか2〜3人用。だが、訪れたパリ市民からは「静けさと温もりに包まれる貴重な体験」「心と体のリセットができる場所」と好評を得ている。

常連客の一人はこう語る。「ここではスマホを見ない。隣の人と会話はしなくても、静かに共存する時間がある。それが逆に心地いいんだ」 

求められる“つながりすぎない関係”

現代社会では、SNSや職場などで“常時つながる関係”が当たり前になり、疲弊する人も少なくない。そんな中で銭湯のような“緩やかな共同体”の存在が、新しい価値を持ち始めている。

フランスの文化誌では、この「銭湯体験」を“共感を強制しない公共性”と表現した。隣に人がいても無理に話さなくてよい、でもひとりでもない──その絶妙な距離感が、今の都市生活者にとってかえって心地よく映るのだ。

また、洗う・温まる・休むというリズムが身体に染み込むことで、五感がリセットされるような感覚も支持されている。

公共文化の“輸出”としての銭湯

これまで日本文化の海外展開といえば、寿司・アニメ・茶道といった“消費する文化”が中心だった。しかし銭湯は、“共に時間を過ごす文化”である。

それはモノでもサービスでもない、「空間と習慣」を輸出する新しい形だ。

日本では、銭湯は高齢化や後継者不足で減少傾向にあるが、海外ではむしろ“温かくて静かな第三の場所”としてのニーズが高まっている。特にリモートワークが進んだ今、家庭と仕事の間にもう一つの“癒しの場”を求める人は多い。

おわりに──湯船がつなぐ心の距離

銭湯は、日本人にとっては日常の延長かもしれない。しかしその中には、偶然の対話、適度な距離、体をほぐし心を緩める時間といった、現代に必要なエッセンスが詰まっている。

パリの街角で生まれた“小さな銭湯”は、江戸の知恵と人間らしい時間の価値を静かに伝えている。

湯船に浸かりながら、人は人との“ちょうどよい関係”を思い出すのかもしれない。