九州を訪れるなら、その土地ならではの食文化を巡る旅は外せない。山と海に囲まれた九州は、県ごとに個性ある名物料理が存在し、移動のたびに新しい味と出会えるのが魅力だ。食を目的とした周遊旅では、定番グルメを軸にしながらも、それぞれの背景や土地の空気も一緒に味わいたい。
旅のスタートは福岡。まずは博多ラーメンがこの地の代表格。とんこつスープの濃厚さと極細ストレート麺の組み合わせは、昼夜問わず人を惹きつける力を持つ。屋台文化も健在で、カウンター越しに地元の人と交わす会話も旅の楽しみのひとつとなる。明太子も福岡を語るうえで欠かせない存在で、ご飯にのせるだけでなく、パスタやおにぎりといったアレンジ料理も多彩だ。
そこから熊本に足を伸ばせば、馬刺しの本場が待っている。生で食べる馬肉はクセがなく、脂がさっぱりとしていて甘みすら感じられる。特に赤身、たてがみ、ふたえごといった部位ごとの食べ比べができる店が多く、専門店でいただくとその奥深さに驚かされるだろう。馬肉文化は古くから続くもので、酒とともに楽しむスタイルが地元流だ。
宮崎では、地元で愛されるチキン南蛮が欠かせない。揚げた鶏肉に甘酢を絡め、たっぷりの自家製タルタルソースをかけて仕上げるこの料理は、見た目以上に繊細なバランスが求められる。老舗の洋食店や定食屋では、それぞれ工夫を凝らした味があり、タルタルに柚子を効かせたり、卵を粗く刻んだりと店舗ごとの違いを比べるのも面白い。
最後に大分や長崎の海沿いへ向かえば、地元漁港で水揚げされた魚介類が食卓を彩る。特に大分のりゅうきゅう(漬け刺身丼)や、長崎のちゃんぽん・皿うどんなど、ひとつの料理のなかに複数の素材と文化が交差する複雑な魅力がある。中国や西洋の影響が残る地域特有の料理は、九州がかつて海外との玄関口だったことを物語っている。
九州は単なるグルメエリアではなく、それぞれの料理が地域性と文化を背負っている。一皿ごとに、その土地で育まれてきた時間や人の手間が感じられ、食を通じて九州の深層に触れることができる。美味しさだけで終わらない、旅の思い出として残る味が九州には確かに存在している。