「買うのではなく、借りるのでもない。“アクセスする”という考え方が広がっている」
そう語るのは、香港を拠点にするファミリーオフィスのマネージャーだ。彼が注目しているのは、欧米やシンガポールで急拡大している“住宅のサブスクリプション”という新しい居住の形態。そして今、その流れが日本にも静かに押し寄せている。
■ “買う”時代の終わりと、定額制の誕生
これまでの不動産投資や居住スタイルでは、「購入」または「賃貸」という二択が一般的だった。だが近年、ライフスタイルの多様化と移動性の向上により、「定額で自由に住み替える」という新しいニーズが生まれている。
欧米では「Blueground」「The Guild」「Anyplace」といったプラットフォームが登場し、月額数千ドルで世界中の都市部物件を自由に選び、一定期間住むことができるサービスを展開している。
そしてこの波がいま、日本の都市部、特に東京・京都・福岡といった国際観光地に届き始めている。
■ 富裕層に刺さる“柔軟性”という価値
なぜ今、富裕層がサブスク住宅に魅力を感じているのか?
そこには3つのキーワードがある。
- フットワークの軽さタイの経営者が1ヶ月だけ東京に住み、次は京都に移動し、夏は軽井沢へ──という暮らしが可能になる。従来の“1つの家に住む”という固定概念を超えた、流動的なライフスタイルが実現する。
- 手間の少なさ家具付き・Wi-Fi完備・水道光熱費込み、加えて契約はオンライン完結。日本語ができなくても専用コンシェルジュがつくなど、外国人富裕層にとって“ストレスフリーな住環境”が整っている。
- 資産の固定化を避けたい心理世界的に富裕層は“所有から利用へ”という意識転換が進んでいる。複数国に資産を分散する中で、税務や管理コストのかかる不動産を“保有”するより、“アクセス”する方が合理的という考え方が浸透している。
■ サブスク住宅は不動産“所有モデル”を変えるのか?
この流れは、不動産業界に大きなインパクトを与えている。
従来は「売って終わり」だった新築物件も、今後は「中長期滞在者をどう囲い込むか」という視点で商品設計が変わるだろう。
特に外国人富裕層にとって、「数ヶ月単位で気軽に高品質住宅を利用できる」ことは、観光と投資の中間的な“滞在経済圏”を生み出す。
また、ホテル業界との競合・提携も進むと見られる。すでに一部の高級ホテルは、「住まいとしての利用」向けに月額制プランを導入しており、サブスク住宅市場は急速に“宿泊と定住の境界”を曖昧にしている。
■ 日本の不動産にとってのチャンス
このトレンドは、日本にとって追い風だ。
・都市部に豊富な空き物件
・清潔で安全な街並み
・交通網の発達
・物価の安定
・多拠点利用を好むアジア圏富裕層との地理的近さ
これらの要素は、サブスクリプション住宅の導入に極めて適している。
さらに、日本の地方都市においても「インバウンド型サブスク住宅」の可能性がある。温泉地や歴史的観光地など、定住には不向きでも“期間限定で住みたい”というニーズは確実に存在する。
■ 所有から自由へ。“選べる暮らし”が富裕層の新基準に
かつて、不動産は“所有してこそ価値がある”とされてきた。
しかし今、価値の定義は変わろうとしている。
「その日暮らし」ではなく「その気分暮らし」。
選べる、動ける、縛られない。そして、どこにいても高品質な日本の暮らしを味わえる──それが、これからの海外富裕層にとっての“不動産との付き合い方”なのかもしれない。