チャイムが鳴り、子どもたちは一斉にカバンの中からけん玉やおはじき、紙風船、竹とんぼなどを取り出す。香港のある小学校で行われている「昔のおもちゃタイム」は、毎日授業と授業の合間にわずか5分間設けられた、“スマホを手放す時間”だ。
画面を見ず、音も鳴らず、電源も要らない──そんな「アナログなおもちゃ」と触れ合うわずかな時間が、いま子どもたちに新鮮な喜びと心の余白をもたらしている。
デジタル漬けの毎日に、一呼吸の「余白」を
香港でも多くの子どもたちが、日常的にスマートフォンやタブレットに囲まれて生活している。授業用アプリ、宿題提出、連絡帳、遊び、動画視聴──気がつけば、起きている時間のほとんどが“スクリーン越しの世界”で成り立っている。
「子どもたちが1日で一度も“ものに触れて遊ぶ”ことがない日もある。だからこそ“昔のおもちゃ”という真逆の選択に価値があるのではないか」
そう語るのは、昔のおもちゃタイムを提案した校長・Ms. Wong。彼女は、かつて日本の学校を視察した際に体験した「けん玉クラブ」や「工作の時間」から着想を得て、自校でも導入を決めたという。
たった5分でも、子どもは変わる
導入当初は「5分では短すぎる」「遊びにならない」と懐疑的な声もあったが、始めてみると状況は一変。子どもたちは短い時間の中でも集中し、工夫し、誰かと遊ぶことを楽しみ始めた。
たとえば、けん玉では「今日の目標は“もしかめ”20回」といった自分なりのチャレンジを設けたり、おはじきでは隣の席の友達と即席の対戦をしたりと、短時間でも“創造的な遊び”が自然に生まれる。
ある教師は語る。「スマホゲームでは見られなかった“表情”が子どもたちに戻ってきた。悔しがったり、笑ったり、真剣な目をしたり。人と関わりながら、自分で考えて工夫する姿勢が見えてきました」
“昔のおもちゃ”が持つ教育的価値
おはじき、竹とんぼ、紙風船、ヨーヨー──それぞれのおもちゃには、シンプルながらも深い教育的価値がある。
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けん玉:集中力、手先の器用さ、リズム感の向上
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おはじき:空間把握、順番を守る姿勢、他者との交流
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竹とんぼ:物理的感覚、想像力、工夫する力
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紙風船:感覚遊び、息のコントロール、手の繊細さ
これらは、画面をタップするだけでは得られない“身体を使った学び”であり、“遊びながら育つ”要素を数多く含んでいる。特に発達段階にある子どもにとっては、「遊び=成長の土台」として重要な役割を果たす。
親世代も巻き込む「共育」のきっかけに
この取り組みは家庭にも波及している。子どもが家に持ち帰ったけん玉を見て、母親が「懐かしい」と手に取り、そこから祖父母が「昔はガラスのけん玉だった」と話し始める──そんな“遊びをきっかけにした家族の会話”が増えているのだ。
つまり、昔のおもちゃは「子どもだけのもの」ではなく、世代をつなぐ“共有体験”のツールにもなりうる。日本文化への関心、昔の知恵への再評価など、文化的広がりも見え始めている。
スマホを“手放す”からこそ得られるもの
「スマホを使わせない」ことを目的とするのではなく、「スマホ以外にも楽しい世界がある」と実感させることが、この活動の本質だ。5分間の中で、子どもたちは“待つこと”や“失敗すること”、“上手くいかないこと”も経験する。それが、彼らの“内なる成長”につながっている。
ある小学生はこう語る。「けん玉が決まるとすごく気持ちいい。上手くいかないときは悔しいけど、またやりたくなる。スマホより、頭を使う感じがする」
おわりに──小さな5分、大きな変化
5分間は、たった5分かもしれない。でもその中に、子どもたちの笑顔と発見と成長がぎゅっと詰まっている。スマホを置き、目の前のおもちゃと向き合うその姿は、現代の子どもたちに必要な“間”と“感覚”を取り戻す大切な一歩だ。