今、香港の一部の家庭や教育現場で、この日本の昔ながらの“アナログおもちゃ”が静かな注目を集めている。プラスチックや電子機器に囲まれた日常の中で、竹とんぼが呼び覚ますのは「想像力」と「体感の楽しさ」。時代を超えて再発見された、その魅力を紐解いていこう。
「飛ばす」だけで広がる世界
竹とんぼは、竹の棒と羽根部分を組み合わせた、非常にシンプルな構造の回転飛行玩具。指先で軸をひねることで、羽根がプロペラのように回転し、空へと飛び立つ。構造は単純だが、飛ばし方によって飛距離や軌道が大きく変わる。
香港の小学生たちは、この“単純だからこそ奥深い”遊びに夢中だ。最初はうまく飛ばせなかった子どもたちが、試行錯誤を繰り返しながら「もっと高く飛ばすにはどうすればいいか」「遠くに飛ばすにはどんな角度がいいのか」と工夫し始める。まさに、遊びながら自然と“科学的思考”や“身体感覚”を育んでいるのだ。
「竹とんぼは、飛ばした瞬間に“自分でやった”という手ごたえがある。プログラミングトイでは味わえない、リアルな達成感があるんです」と話すのは、香港で伝統玩具ワークショップを開く教育者・Mr. Lam。
手作りが生む“ものづくりの感性”
近年、香港では木工や和紙などの自然素材を使ったクラフト体験が人気を集めており、竹とんぼもその一つとして注目されている。イベントでは、子どもたちが竹の羽根をヤスリで削ったり、絵を描いてオリジナルの竹とんぼを完成させるワークショップも開催されている。
「自分で作ったものがちゃんと空を飛ぶ」という体験は、子どもたちにとって驚きと誇りに満ちたものだ。そこには、“失敗しても、また挑戦すればいい”という前向きな姿勢が自然に育まれていく。
さらに、プラスチック玩具のように「完成品を買って遊ぶ」のではなく、「素材に触れて作る・試す・直す」という循環が、子どもたちの創造力や問題解決力を刺激する。まさに、竹とんぼは“遊びながら学べる”知育ツールといえるだろう。
素材が語る、やさしいメッセージ
竹とんぼの魅力は、素材そのものにもある。天然の竹を使用しているため、軽くて柔らかく、手にしたときの感触もやさしい。風に乗って舞い上がるその動きには、機械的な“精密さ”ではなく、人の手が生んだ“あたたかさ”が宿っている。
プラスチック製の大量生産品にはない、自然素材の“いびつさ”や“個性”が、子どもたちの感性に静かに語りかけるのだ。「これはどこで育った竹かな?」「なんで曲がってるんだろう?」──そんな小さな問いが、自然や環境への興味にもつながっていく。
また、壊れても修理できる、再利用できる、土に還る──サステナブルな素材である竹は、環境意識の高まる現代において理想的な素材だともいえる。
テクノロジー世代にこそ“原始的な驚き”を
スマートフォン、ARゲーム、AIトイ──現代の子どもたちは、幼い頃から高機能なデジタル機器に囲まれている。その一方で、「飽きるのが早い」「五感を使った体験が乏しい」という声も少なくない。
そんな中で、あえて“昔ながらの竹とんぼ”を取り入れることで、逆に新鮮な驚きと好奇心を呼び起こすことができる。飛ばす角度、指のひねり方、風の流れ──すべてを“自分の体”で感じて調整するという原始的なプロセスが、現代の子どもたちにとってはむしろ刺激的なのだ。
「技術が進んだからこそ、シンプルなものに価値がある」と語るのは、香港の若い母親。彼女は、週末になると自宅のベランダで、子どもと一緒に竹とんぼを飛ばしているという。
おわりに──想像力は、空に舞う
竹とんぼは、見た目も構造もとてもシンプルだ。だが、そこには「工夫する楽しさ」「手で作る喜び」「自然と向き合う感性」がすべて詰まっている。
子どもたちが自分の手で飛ばした竹とんぼの軌道を追うその目には、スクリーンでは得られない輝きがある。風に乗って飛ぶその姿は、まるで想像力そのものが空へと解き放たれていくようだ。