2025/06/19
原状回復義務とは?退去時にトラブルになりやすいポイント

日本で賃貸住宅に住む際、契約書の中に必ずといってよいほど記載されているのが「原状回復」という言葉である。日常的にはあまり聞き慣れない用語であるが、これは退去時に借主が部屋をどのような状態にして返すかを定める非常に重要な概念であり、正しく理解していないと、思わぬトラブルや高額な請求につながることもある。

日本では、賃貸契約の終了時に原状回復義務があるとされているが、その具体的な範囲や内容については曖昧な部分も多く、貸主と借主の認識に差が生まれやすい。たとえば、「入居前とまったく同じ状態に戻さなければならない」と考えている人もいるが、実際には生活の中で自然に生じた劣化まで負担させられることはないとされている。

この記事では、原状回復とはそもそも何を意味するのか、どこまでが借主の負担となるのか、また退去時にトラブルが起きやすい具体的な事例や対処法について、事実に基づいて解説する。

原状回復義務の定義とは

原状回復とは、賃貸借契約において借主が退去時に部屋を返す際、契約開始時と同等の状態に戻すことを意味する。ただし、ここで言う「同等の状態」は、すべてを新品に戻すという意味ではない。

国が定めたガイドラインでは、通常の生活を送っていたうえで自然に発生する汚れや傷、すなわち「経年劣化」や「通常損耗」については、借主が修繕義務を負うものではないとされている。たとえば、家具を置いていた場所の床がへこんでいたり、日差しによって壁紙が変色していた場合などは、通常の使用によるものとみなされ、借主が負担する必要はない。

一方で、借主の不注意や故意による損傷、過度な使用に起因する破損については、借主に原状回復義務が発生する。飲み物をこぼして床にシミができた場合や、喫煙によってクロスが変色した場合、ペットによる傷やにおいなどが典型例である。

このように、原状回復義務の範囲は単に「元の状態に戻す」だけではなく、損傷の原因がどこにあるかを判断する必要がある。そのため、退去時には貸主と借主の間で認識の相違が生まれやすく、トラブルが発生しやすい場面でもある。

よくあるトラブルの原因

原状回復をめぐるトラブルで最も多いのは、壁紙や床の修繕費用に関するものである。貸主側が全面的な張り替えを求め、借主にその費用を請求するケースがあるが、その原因が経年劣化であるか、借主の使用に起因するものかによって、負担割合が大きく異なる。

たとえば、壁にポスターを貼っていたためにクロスが変色した場合や、画びょうの穴が多数開いていた場合には、借主の責任とされる可能性がある。一方で、エアコンや冷蔵庫の周囲の壁が変色したり、家具の重みで床にくぼみが生じた場合は、通常損耗とみなされることが多い。

また、ハウスクリーニング費用をめぐってもトラブルは起きやすい。契約書に「退去時にはクリーニング費用を負担する」と明記されている場合、借主に支払い義務が発生することがあるが、実際にはその範囲や金額が不明確であることが多く、不透明な請求に不満を持つ借主も少なくない。

加えて、ペットの飼育や喫煙に関する規定が曖昧なまま契約を結んでいた場合、退去時に高額な修繕費を請求されるリスクがある。とくにペット可物件であっても、においや傷に関する原状回復義務は借主に課されることがあるため、事前の確認が重要である。

契約書とガイドラインの関係

原状回復義務の詳細は、基本的に契約書に記載された内容に基づいて判断される。ただし、契約書に記載されているからといって、すべてが法的に有効というわけではない。たとえば、すべての修繕費を借主が負担するという内容が契約書に盛り込まれていた場合でも、それが不当な内容であると認められれば、無効とされる可能性がある。

この点について、国は「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」という指針を公表しており、賃貸借契約におけるトラブル防止に役立てるよう呼びかけている。このガイドラインでは、通常損耗と借主責任の明確な区分が示されており、多くの裁判例でもその考え方が支持されている。

借主としては、契約書の内容とあわせてこのガイドラインの概要を理解し、退去時に過剰な請求が行われていないかを冷静に判断することが求められる。仮に納得できない請求があった場合には、書面で明細を請求し、第三者に相談することで解決の糸口を探ることもできる。

退去時に備えてできること

トラブルを防ぐためにもっとも有効なのは、入居時から退去までの間に室内の状態を記録しておくことである。入居直後には、部屋の状態をスマートフォンなどで撮影し、壁や床、建具の状態を明確に残しておくとよい。こうした記録があることで、退去時に「もともとあった傷や汚れ」であることを証明する材料となる。

また、破損や汚れが発生した場合には、すぐに管理会社に報告し、修繕の必要性や費用負担について事前に相談しておくことで、退去時の請求を防ぐことができる。

さらに、契約更新時や住み替えを検討する段階で、あらためて原状回復のルールを読み直し、不明点を管理会社に確認しておくことも有効である。契約書の内容が不明確なまま退去を迎えると、貸主の主張に従わざるを得なくなる場合がある。

費用請求に納得できないときの対応

退去時に提示された修繕費やクリーニング費用が納得できない場合には、まず書面で内訳を確認し、どの項目が借主負担とされているのかを具体的に把握することが重要である。項目ごとに「経年劣化なのか」「借主の故意や過失なのか」を自分の記憶や写真と照らし合わせて検討する。

そのうえで、明らかに不当だと感じた場合は、不動産相談窓口や法律の専門家に相談することで、正当な解決策を見出すことができる。一方的に請求を拒否するのではなく、冷静に資料を集め、第三者の意見を交えることが円満な解決につながる。