2025/07/03
味噌づくりで日本の家庭の味を学ぶ 麹と大豆が教えてくれる、やさしい発酵の世界

日本の食卓を支えてきた味噌汁。その香りには、どこか懐かしさと安心感がある。その中心にある「味噌」は、発酵という時間の力を借りて生まれる、日本独特の調味料だ。旅先で味噌づくりを体験することは、ただの料理体験ではなく、家庭の味と文化、発酵の奥深さを知る旅のひと幕になる。

この体験では、まず味噌の基本を学ぶところから始まる。原料は大豆、麹、塩の三つだけ。驚くほどシンプルな素材が、数か月、あるいは一年以上かけてじっくりと発酵することで、複雑で深みのある味へと変化していく。使う麹の種類(米麹、麦麹、豆麹)や塩の量、発酵させる場所によって風味がまったく異なることを知ると、日々口にしていた味噌が実は“地域と家庭ごとに異なる手仕事”であることが実感できる。

作業では、まず蒸した大豆を手で潰し、温かいうちに麹と塩を混ぜ合わせる。香ばしくてやさしい大豆の香りが立ち上がるなか、素手で丁寧に練り込んでいく作業は、どこか瞑想的でもある。無心になって手を動かすうちに、素材と対話しているような感覚が生まれ、自分の手から“食べ物が育つ”ということへの実感が芽生える。

練った味噌は丸めて空気を抜き、専用の容器に詰めていく。この工程もまた大切で、空気との接触が発酵に大きく関わるため、きれいに詰めて表面をならし、最後に塩で蓋をする。完成品はその場では食べられないが、数か月~半年後、自宅に郵送されたり、持ち帰って育てる形式をとっている教室が多い。瓶や容器に書かれた日付やラベルを見るたび、旅の記憶がよみがえる。

親子での参加にも適しており、子どもたちは大豆を潰す作業に夢中になる。手が汚れても気にせずに素材とふれあうことで、料理の基本である「素材のかたち」を体で覚えることができる。また、大人が「仕込む」様子を横で見て育った子どもにとって、味噌は単なる調味料ではなく、家族の手のぬくもりが詰まった食べ物として記憶されていく。

体験施設は、味噌蔵や発酵文化を伝える地域の施設、農家の台所などが多く、作業のあとに味噌汁の試飲や、地元の発酵食品を使った軽食が提供されることもある。赤味噌、白味噌、合わせ味噌──地域による味の違いを比べるテイスティングも、学びと味覚を結びつける楽しい時間になる。

外国からの旅行者にも人気が高く、英語での案内やレシピが用意されている場所も多い。味噌の歴史や発酵のしくみ、日本人にとっての味噌の存在価値についてわかりやすく紹介されるため、料理文化だけでなく、日本の暮らしや精神性にふれる入り口にもなっている。

味噌は、育てる調味料であり、待つことが必要な食べもの。だからこそ、旅先で仕込み、時間をかけて自宅で完成を見るこの体験は、日常に旅の続きを持ち帰るような感覚を生んでくれる。

一杯の味噌汁の奥にある、土地、時間、人の手、そして静かな思い。それを体感する旅の一日は、“家庭の味”という言葉の意味を、静かに教えてくれる。