2025/06/16
和牛の偽物を防げ GI登録と個体識別番号の最新事情

“WAGYU”の名が世界中で高級食材として浸透する一方で、それに比例するかのように増加しているのが「偽物」や「模倣品」の存在だ。日本の生産者が丹精込めて育てた和牛の名声に便乗し、品質も育成環境も異なる交雑種や他国の牛肉を“WAGYU”と称して販売する例が国際市場では後を絶たない。こうした偽装や混乱を防ぐために、日本では「GI(地理的表示)登録制度」と「個体識別番号」の運用が強化されている。これらの仕組みは単なる表示管理にとどまらず、日本和牛の信頼性とブランド価値を国際的に守るための“武器”として機能している。

まず、GI登録制度(地理的表示保護制度)とは、地域特有の伝統的な生産方法や品質を持つ農林水産物に対して、その名称の使用を法律で保護する制度である。これにより、他地域や他国が同じ名称を不正に使うことを防ぎ、ブランドの独占的使用が可能となる。たとえば、「神戸ビーフ」「近江牛」「米沢牛」などはすでに農林水産省によってGIに登録されており、登録済み名称を使用できるのは定められた地域で、基準を満たした生産物だけに限られる。つまり、「神戸ビーフ」を名乗れるのは、兵庫県内で定義に即して肥育され、規定の格付け条件をクリアした個体だけなのである。

GI登録は、国内市場にとどまらず、国際的な保護にもつながる。2018年には日EU経済連携協定(EPA)が発効され、登録された日本のGI名称がEU圏でも法的に保護されるようになった。これにより、ヨーロッパの飲食店で「Kobe Beef」と名乗るためには、真に日本から輸出されたものに限られるというルールが確立された。一部の国では依然として模倣品が流通しているが、GI登録の国際的拡張は、真贋の線引きを明確にし、法的措置の根拠となる重要な制度になっている。

一方、個体識別番号(ID)の制度も、日本和牛の真贋を支える技術的基盤として年々整備が進んでいる。これは、日本国内で出生したすべての牛に対して10桁の個体識別番号を割り振り、出生からと畜、流通、販売に至るまでの履歴を一貫して管理する仕組みである。この番号は耳標(タグ)として装着され、国内の「家畜改良センター」によって管理されており、消費者もインターネット上で番号を入力することで、その牛がどこで生まれ、どこで育ち、どこで出荷されたかを確認することができる

この透明性こそが、日本和牛の最大の強みとも言える。輸出用の和牛にも個体識別番号が付与され、現地のレストランや精肉店ではラベルに記載されているケースが増えている。とくに香港やシンガポールなどの成熟した市場では、消費者が実際に番号を照会し、「この和牛がどこで育ったのか」を確認する行動が浸透しつつある。ブランド和牛として輸出される牛肉の多くは、出荷時に生産証明書、格付け証明書、個体識別記録の3点セットが添付されており、それ自体が「信頼のパスポート」として機能している。

ただし、これらの仕組みも“完全無欠”とは言い切れない。たとえば海外市場では、アメリカやオーストラリアなどで育てられた交雑種牛(和牛種とアンガス種のミックスなど)が、“WAGYU”として流通することが許容されている国も多い。これらは正確には「和牛風」であっても「日本和牛」ではないが、表記や説明次第では消費者が違いを認識できないケースが少なくない。こうした背景により、日本産和牛の輸出業者や飲食店では「Japanese Wagyu」「100% Fullblood Wagyu」「From Japan」などの表示を明示する動きが強まっている。

また、近年ではブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティの実証実験も始まっており、より改ざん困難な情報管理の仕組みが模索されている。これにより、単なる耳標番号だけでなく、DNAレベルでの識別や輸送・保存環境の履歴まで可視化する“次世代の和牛管理”が視野に入っている。

和牛の偽装防止は、単なる表示や法制度の問題ではなく、日本の畜産文化と生産者の努力を守るための戦いでもある。GI登録と個体識別という二つの柱は、今後さらに精度を高めながら、国際市場における“本物”の価値を裏付けていくことになる。世界中で“WAGYU”の名が響くなか、その名に込められた信頼が決して損なわれぬよう、日本の現場では今日も静かに、だが確実に、その品質が守られている。