2025/06/28
“声に出して注文しない店” 回転寿司とタッチパネルの静けさ

日本の回転寿司に初めて訪れた海外の人々が感じるのは、「異様なまでの静けさ」だ。店内には客が多く、寿司が次々に運ばれ、職人が奥で黙々と握っているにもかかわらず、店全体はどこか落ち着いていて騒がしくない。その背景には、タッチパネルによる“声に出さない注文スタイル”がある。そしてこの仕組みは、日本の外食文化におけるある種の“配慮”と“効率”を象徴している。

従来の寿司店といえば、カウンター越しに職人と客が会話しながら注文を交わすイメージがある。だが回転寿司では、そうしたコミュニケーションは必要ない。客はタッチパネルを操作し、画面に表示される豊富なメニューから好みのネタを選ぶだけ。数分後にはレーンの上や専用レールに注文品が流れてくる。声を出すことも、手を挙げて呼ぶこともない。静かな空間の中で、合理的にすべてが進んでいく。

この“無言の注文”には、日本人特有の空気の読み合いと、他人に迷惑をかけたくないという価値観が色濃く表れている。声を張り上げて注文することに対する遠慮、隣の会話を邪魔したくないという気遣い、オペレーションを効率化したい店側の意図。これらが自然と一致し、今やタッチパネル注文は標準となった。

さらに、タッチパネルは多言語対応や写真付きメニューが基本装備となっており、外国人旅行者にも非常に利用しやすい設計がなされている。知らない言葉を話すことに抵抗がある人、注文ミスが怖い人にとっては、むしろ声を出さないほうが“安心できる”環境ともいえる。

同時に、店のオペレーション側にも大きなメリットがある。注文ミスの削減、注文データの自動管理、客の回転率の向上。加えて、人手不足という課題を補う形で、省人化が進むなかでもサービスの質を保てるよう工夫されている。

声を出さない飲食体験。そこには、日本が長年積み重ねてきた「他人を邪魔しない美徳」と「効率を極める文化」が見事に融合している。食事は一人で黙々と楽しんでもよく、家族で静かに会話してもよい。その自由さと、不要なストレスを排除する設計が、回転寿司の魅力でもある。

寿司が静かに運ばれ、客が静かに味わい、店が静かに回る。その光景は、機械による便利さというより、人と人との距離を丁寧に保ちながら楽しむ「日本式おもてなし」の新しいかたちなのかもしれない。