2025/06/28
奈良公園と東大寺、だけじゃない“ならまち”の魅力を歩く

奈良といえば、大仏と鹿。東大寺や奈良公園を訪れれば、その迫力と美しさに圧倒されるのは間違いない。しかし、奈良の本当の魅力を味わうなら、喧騒を離れた一角に広がる“ならまち”を歩いてみるべきだ。奈良の旧市街にあたるこのエリアには、古都の記憶がひっそりと息づいている。

ならまちは、かつて元興寺(がんごうじ)の門前町として栄えた歴史を持ち、江戸から明治にかけて建てられた町家が今も多く残っている。碁盤の目のように整った路地を歩くと、瓦屋根と格子戸の連なる町並みがどこか懐かしく、静かな時間が流れているのを感じる。観光地でありながら、どこか生活の匂いが残っているのも魅力のひとつだ。

このエリアの町家は、現在ではカフェや雑貨店、ギャラリーなどに生まれ変わっており、町歩きの楽しみが尽きない。古道具を扱う店で一点ものの器を探したり、町家カフェで抹茶と和菓子を味わったり。華やかさは控えめだが、ひとつひとつの店に丁寧な空気が流れている。歩くたびに新しい出会いがあり、通り過ぎるだけでは見つけられない“個人の営み”に触れる感覚がある。

文化に触れたいなら、ならまち格子の家や今西家書院などの公開町家もおすすめだ。木と土と紙でつくられた空間に身を置くと、建物が呼吸しているかのような静けさに包まれる。天井の梁や襖の引き具合ひとつにも、職人の技と暮らしの知恵が込められており、表面をなぞるだけでは見えない奈良の深みが立ち上がってくる。

また、ならまちは酒造りの街でもある。江戸時代から続く蔵元では、今も手作業による日本酒づくりが行われており、試飲や見学を通じて、奈良が日本酒の原点ともいわれる理由に触れられる。料理と一緒に味わうだけでなく、背景にある“文化としての酒”を体験する時間は、旅をより豊かなものにしてくれる。

夕暮れ時には、格子戸越しに漏れる灯りが路地をやさしく照らし、奈良独特の静けさが一層際立つ。鹿や観光バスのにぎわいから少し離れたこの場所で、急がず歩き、目を凝らし、耳をすませる。それだけで、旅が深まり、記憶に残る時間が生まれる。

奈良には「見るべきもの」が多くあるが、「感じるべき場所」はならまちにこそある。東大寺からほんの数百メートルの距離に、これほどまでに静かな空間が広がっているということ。それは、奈良という土地のふところの深さを物語っている。