2025/06/19
契約書に書いてない口約束は有効?

賃貸住宅を借りる際、多くの入居希望者は不動産会社の担当者とのやりとりを通じて、家賃、設備、条件などを確認し、納得したうえで契約に進む。しかし、その過程で「ここは後で修理しておきます」「退去時はクリーニング費用はかかりません」「この家具はそのまま使っていいですよ」など、契約書には書かれていない“口約束”が交わされることがある。

では、こうした口頭での合意事項は、後になって法的に有効とされるのだろうか。退去時やトラブル発生時に、「言った・言わない」の水掛け論になってしまい、損をするのは借主の側であることが少なくない。

この記事では、賃貸契約における口約束の法的扱いと、借主として損をしないための対処法について、実務的な視点から解説する。


法律上、口約束でも契約は成立する

日本の民法では、「契約の成立には必ず書面が必要」とはされていない。口頭による意思表示が一致すれば、それだけで契約は成立するというのが原則である。

たとえば、「この部屋を借ります」「わかりました、貸します」というやりとりだけでも、法律上は契約が成立していると判断されることがある。ただし、それが争いになったときに、証拠として立証できるかどうかは別の話である。

つまり、口頭のやりとりでも法律的な効力は否定されないが、「証明が困難」であるという点が最大のリスクになる。


賃貸契約は「書面優先」が基本

賃貸契約に関しては、宅地建物取引業法に基づき、貸主は入居者に対して「重要事項説明書」と「賃貸借契約書」を交付しなければならないとされている。この契約書に記載された内容こそが、両者が合意した内容の“証拠”とされる。

したがって、たとえ口頭で何かを約束されていても、それが契約書に反映されていない場合、トラブル発生時には「契約書に書いてないため無効」と判断される可能性が高い。

たとえば、次のようなやり取りがあったとする。

  • 担当者が「壁紙は入居前に張り替えておきます」と言ったが、実際にはそのままだった

  • 「ペットを一時的に預かるのは大丈夫です」と言われたが、後日違約金を請求された

  • 「退去時に敷金は全額戻ります」と言われたが、クリーニング費用を差し引かれた

こうしたトラブルは、契約書を根拠に貸主側の正当性が認められることが多く、口頭の説明は証拠として扱われにくい。


「言った・言わない」では証明にならない

口約束が法的に有効であっても、実際のトラブル解決には証拠が必要である。問題は、口頭のやりとりが録音や書面などで残っていなければ、証明が極めて難しいという点にある。

裁判や調停の場では、「誰が、いつ、どこで、何を約束したのか」を客観的に示す証拠が求められる。録音、メール、LINE、メモなどの記録がない限り、借主側の主張は立証困難とされることが多い。

つまり、たとえ実際に言われたとしても、それを証明できなければ“なかったこと”と同じ扱いになってしまうリスクがある。


実務での対応策:書面での確認を徹底する

こうしたリスクを回避するために、賃貸契約においては次のような対応を徹底することが望ましい。

契約書に反映させる

重要な口頭での説明や合意内容がある場合は、契約書や特約欄に反映してもらうよう依頼する。「書いてもらえませんか」と正直に伝えることは失礼にはあたらない。

メールで確認を残す

その場で契約書に追記できない場合でも、不動産会社や管理会社に「先ほどのお話ですが、念のため確認させてください」という内容でメールを送っておく。これに対して返信があれば、口約束の存在を補強する証拠になる。

契約説明時のメモを残す

重要事項説明を受ける際のメモを取っておき、「◯月◯日、担当者より『退去時に清掃費はかからない』との説明あり」などと記録しておくことで、自分の記憶を補強できる。

録音(合法範囲で)

トラブルが予想される場合や、説明が複雑なときは、説明の録音を行うという手段もある。ただし、録音に関しては、相手に無断で行うことの是非や、裁判での証拠能力についてはケースバイケースであり、使用には慎重を要する。


入居前・契約時によくある“口約束”の例

入居前のやりとりで、トラブルにつながりやすい口約束の例には次のようなものがある。

  • 「クリーニング代はかからないので、敷金は全額返金されます」

  • 「壁の傷は気にしなくて大丈夫です」

  • 「2年契約だけど途中解約でも違約金はかかりません」

  • 「エアコンは入居前に新品に交換します」

  • 「騒音があればすぐに対処します」

これらの内容が契約書に書かれていない場合、後日になって「聞いていた話と違う」と感じても、法的な主張が通りにくくなる。


誤解を防ぐには「書く」「残す」「確認する」

口約束は、法的に全く無効というわけではない。ただし、証拠として成立させるのが極めて難しいため、契約の世界では「書面に残すこと」がすべての基準になる。

その場の空気や信頼関係を優先して確認を曖昧にしてしまうと、後で不利益を被るのは借主自身である。小さな不安や曖昧なやりとりを放置せず、「それは契約書に書いてもらえますか?」「メールで確認しておいてもよいですか?」と一言添える習慣が、安心した住まい選びにつながる。