2025/07/03
新幹線で駅弁を食べると、旅の質が一段階上がる

日本を旅するなら、一度は体験したいのが「新幹線で駅弁を食べる」時間。移動手段としての新幹線はもちろん快適なのだが、車内でゆっくりと駅弁を広げるその行為こそが、旅の一部として忘れがたい記憶をつくってくれる。目的地に向かう途中で、すでに“旅を味わっている”という実感が芽生える。新幹線と駅弁は、移動と食が美しく交差する、日本ならではの旅の文化である。

駅弁とは、駅で販売されているお弁当のこと。地域ごとに特色があり、素材、味付け、見た目、包装に至るまで、その土地の魅力が詰まっている。新幹線の発着駅では、駅ナカに何種類もの駅弁が並んでいて、選ぶだけでひとつのイベントになる。どれも美味しそうで、つい迷ってしまうが、それもまた旅の醍醐味のひとつだ。

東京駅で購入した駅弁は、牛肉のしぐれ煮と季節の野菜が詰められた上品な内容だった。しっかりとした味付けで冷めても美味しく、ごはんとの相性も抜群。掛け紙には江戸の風景が描かれていて、食べながら小さな文化体験をしている気分にもなった。旅の出発を祝うような、静かな高揚感が弁当箱からじわじわと伝わってくる。

車内で駅弁を開くという行為自体が、日常から旅へと気持ちを切り替える儀式のようでもある。テーブルに置かれたお弁当を開け、箸袋を開き、包み紙をそっとたたむ。窓の外を眺めながらゆっくり食べる時間は、移動の退屈さを忘れさせてくれるどころか、むしろ特別なひとときへと変えてくれる。

新幹線の座席は静かで落ち着いており、揺れも少ないため食事がしやすい。隣の人とも適度な距離があり、気兼ねなく弁当を広げられる。お茶やペットボトルの飲み物を一緒に買っておけば、小さな“列車内のピクニック”が完成する。お箸を進めるたびに、窓の景色が移り変わり、次第に旅先の空気へと近づいていく。

地域ごとの駅弁も魅力的だ。仙台の牛タン弁当、大阪のたこ焼き風弁当、博多の明太子弁当、金沢のかに飯。駅弁を食べることで、少しだけその土地の文化に触れることができる。目的地に着く前から、その街と出会う準備が整っていくような感覚もある。目的地に向かう移動が、単なる“距離を埋める時間”ではなく、“旅を味わう時間”になるのだ。

また、包装紙や容器もそれぞれ凝っていて、食べ終わったあとも記念として持ち帰りたくなるようなデザインが多い。紙の掛け紙に駅名が入っていたり、竹製や陶器風の弁当箱が使われていたりと、細部にまでこだわりが見られる。駅弁はまさに“食べるおみやげ”であり、“旅の一皿”でもある。

新幹線で駅弁を食べるという体験は、言葉にすればとてもシンプルだが、その中に詰まっている満足感はとても深い。美味しいものを食べながら、景色を眺め、身体を休め、次の目的地へ心を整える時間。旅の途中にこんなにも豊かな時間があるということを、日本はさりげなく教えてくれる。

次に日本を訪れたときも、また駅弁を買って新幹線に乗りたいと思っている。それはただの食事ではなく、旅そのものを静かに盛り上げてくれる、優しい儀式だからだ。どこかの駅で、また新しい駅弁と出会えることを楽しみにしている。旅の質を一段階上げてくれるのは、そんな“小さな贅沢”だった。