2025/06/09
日本酒の次はクラフト味醂?甘さの再発見

日本酒や焼酎といった伝統的な和酒に加え、クラフトビールやナチュラルワインが注目を集める中で、今あらためて脚光を浴びているのが「味醂」である。調味料として長年親しまれてきた味醂が、いまや“飲む”対象、あるいは“味わう”素材として再評価され始めている。発酵と熟成の力によって生まれる複雑な甘さ、テロワールを反映する原料、そして作り手の哲学。日本の甘味文化を再発見する鍵として、クラフト味醂が静かに台頭している。

味醂と聞くと、多くの人は料理用の甘味料というイメージを持つかもしれない。煮物の照りやコクを出すために使われる、いわば「縁の下の力持ち」的存在だ。しかし本来の味醂は、酒類に分類されるれっきとした発酵飲料であり、原料はもち米、米麹、焼酎や醸造アルコールという非常にシンプルなもの。数か月から数年にわたりゆっくりと糖化・熟成されることで、芳醇な甘さととろみ、奥行きのある香りが生まれる。

この甘さは、単なる砂糖のような直接的な甘味ではなく、穏やかで深みがあり、どこか穀物のやさしさを感じさせるもの。もち米の澱粉を麹が分解し、アルコールの中で糖化が進むことで、味醂特有の「複合糖」が生まれる。これにより、舌の上で甘味の立ち上がり方や残り方が多層的になり、料理の味を包み込むだけでなく、単独でも「味わう価値のある甘さ」になる。

この味醂本来の魅力に注目し、従来の「調味料」としての用途を超えたクラフト味醂の世界を広げているのが、各地の小規模な蔵元や発酵職人たちである。原料となる米や麹にこだわり、手作業で仕込み、長期熟成を施すことで、琥珀色の液体はまるで極甘口の酒やデザートワインのような風格を帯びる。中には、香ばしいナッツの香りや、焦がしキャラメルのような余韻をもつものもあり、そのままストレートで味わったり、チーズやナッツと合わせて楽しむ提案も増えてきた。

こうしたクラフト味醂の広がりは、飲食の現場にも波及している。レストランやバーでは、食前酒やノンアルコールペアリングの一環として、味醂をグラスに注ぎ、香りや温度を楽しむスタイルが生まれている。また、バニラアイスに数滴垂らして味に深みを加える、コーヒーの甘味として使うといった、新たな“甘さの使い方”も提案されている。

甘味の再発見という点において、クラフト味醂は現代の食文化とも親和性が高い。近年、過剰な糖分摂取が健康問題として取り沙汰される中で、「自然な甘さ」や「素材から生まれる甘味」への関心が高まっている。精製糖を避け、発酵由来のやさしい甘さを取り入れるという流れは、食だけでなく飲料や菓子の分野にも波及しており、味醂はその象徴的存在となっている。

また、日本の伝統的な甘さには、季節感や時間の流れを内包する繊細さがある。たとえば、和菓子に使われる甘味は、白砂糖ではなく和三盆や味醂、蜜などが主流で、それぞれの甘さに表情がある。これらは、素材や地域、作り手の個性を伝える“文化としての甘さ”であり、その延長線上にあるのが味醂なのである。

味醂を“再定義”する動きは、同時に「調味料」の枠組みを問い直すことでもある。味醂、醤油、味噌、酢といった日本の基礎調味料は、本来すべて発酵によって生まれた“生きた調味料”であり、それぞれが土地や気候、技術と結びついて進化してきた。味醂もまた、地域の風土や原料に応じて味わいが変化し、まさに“液体のテロワール”とも言える存在である。

このように、クラフト味醂は単なる甘味料ではなく、日本の発酵文化の核心にある素材であり、今まさに再評価の時を迎えている。そしてそれは、日本酒に次ぐ“日本的アルコール文化”の次なる主役として、世界にも伝わり始めている。酒でありながら、甘味であり、調味料であり、文化財でもある──その多面性が、味醂の最大の魅力だ。

「甘い=幼い」「甘い=嗜好品」というステレオタイプを越えて、「甘い=複雑」「甘い=文化」という価値へと更新していく中で、クラフト味醂は日本人の味覚の記憶を掘り起こしながら、新しい感性と手を結んでいる。次なる“日本の一杯”として、その存在はますます注目されていくだろう。