日本の焼肉店に初めて足を踏み入れた外国人が驚くのは、肉を「自分で焼く」というスタイルだ。客がオーダーした肉を店員が調理してくれるのではなく、自ら網の上に並べ、火加減を見ながら焼き上がりを待ち、自分のペースで食べていく。この「セルフ焼肉」は、食事というよりも体験そのものだ。焼くという動作を含めて、焼肉は日本でひとつの完成された“遊び”になっている。
セルフ焼肉の原点は、戦後の在日コリアンがルーツを持つとされる。元々は庶民的なスタイルで始まったが、次第に「自分の好きなタイミングで食べられる」「焼き加減を自由に調整できる」スタイルとして、日本中に広まっていった。今では焼肉店といえば、テーブルごとに設置された網やロースターがあたりまえとなり、「自分で焼くこと」が“食べ方のルール”として浸透している。
このスタイルの面白さは、焼くこと自体が“会話のきっかけ”にもなる点だ。誰が焼くか、どの順番で焼くか、いつ返すか、焼き加減はどうか――そんな些細なやり取りが、自然と人間関係を和らげていく。いわば、焼肉は“社交ツール”でもある。無言になりがちな食事の場面でも、網を囲めば言葉が生まれる。ビジネスの接待から家族団らんまで、焼肉が好まれる理由のひとつはここにある。
一方で、焼きすぎて焦がしたり、まだ生焼けで食べてしまったりするリスクもあるが、それすら含めて焼肉の“味”になる。日本人にとっては、焼肉は料理を提供される場というより、半ば“共同作業”の時間なのだ。近年では、1人専用ロースターを備えた「ひとり焼肉」の店も登場し、自分のペースで静かに肉を焼くというスタイルも定着しつつある。
また、タレや薬味、サイドメニューのバリエーションも豊富で、焼いた肉をどう味わうかは人それぞれ。ごはんに乗せる、サンチュに包む、ニンニクを乗せる、レモンでさっぱり食べる。客の“焼肉哲学”がにじみ出るのも、日本の焼肉の奥深さのひとつだ。
“自分で焼く”という一見手間のかかるこの方式は、裏を返せば「自由」と「信頼」の象徴でもある。自分で選び、焼き、味わう。その一連のプロセスが、食べることの楽しさを再認識させてくれる。焼肉とは、ただの食事ではなく、“小さな主導権”を手にする喜びなのかもしれない。