2025/07/03
金継ぎ体験で“直す文化”を知る 壊れた器に宿る美と再生の哲学

日本には、壊れたものをただ元通りに直すのではなく、傷跡そのものを美として捉え、より豊かな価値へと昇華させる文化がある。それが「金継ぎ」と呼ばれる技法である。割れた器の接合部分に漆を用い、金粉や銀粉で装飾を施すこの修復法は、壊れた歴史を隠すのではなく、あえて見せることで、時間と記憶を包み込む美しさを表現する。旅先でこの金継ぎを体験することは、日本の物の見方や生き方そのものにふれる、深い時間となる。

金継ぎ体験では、割れた器の破片を実際に手に取り、修復の工程を学ぶことから始まる。使われるのは、漆や麦漆といった天然素材。これらを使って器の割れた部分を接着し、繋いだ箇所をなめらかに整えた上で、金や銀の粉を筆でのせていく。一見すると繊細な作業だが、必要なのは緻密さだけではない。割れを受け入れ、そこに美しさを見出すという“まなざし”が、この体験の核をなしている。

使用する器は教室で用意されることが多く、欠けた茶碗や皿など、さまざまなかたちのものが揃っている。希望すれば、自分で持参した器を使って体験できることもあり、旅先で偶然割れてしまったお気に入りの器を、その場で再生させるというストーリーも可能だ。修復には数日から数週間を要するが、簡易的な体験版では、接着や装飾の工程だけを集中して体験できるよう工夫されている。

金継ぎの魅力は、その仕上がりに“唯一無二”の表情が生まれることにある。同じ器が割れても、破片のかたちや割れ方はひとつとして同じではない。そのため、修復後の線も模様も、すべてが一回限りのものとなる。その線には“壊れたこと”の痕跡があり、“再び使われる”という意志が宿っている。完成した器を手に取ったとき、多くの人が「壊れる前よりも、今の方が好きだ」と語るのは、そこに時間と手間と心が加わっているからにほかならない。

この体験は、大人だけでなく中高生にも人気があり、親子での参加も増えている。子どもにとって、壊れたものを捨てるのではなく直して使うという行為は、新鮮な驚きであり、ものを大切にする姿勢を自然と身につけるきっかけにもなる。接着剤やテープではない、手仕事ならではの修復という行為は、ものへの愛情や人の手の温度を感じる学びでもある。

教室の多くは静かな町屋や工房、ギャラリーなどに併設されており、落ち着いた空間で集中して作業に取り組める。職人の技を間近に見ながら、手を動かすという貴重な時間は、旅の中にある“静けさ”として記憶に残る。英語によるガイドや補助資料を備えた教室も多く、外国人旅行者にも開かれたプログラムとなっている。

金継ぎという技法は、単なる修理の技術ではない。そこには、欠けや傷を否定せず、その存在を美として認めるという哲学がある。それは、人の心にも通じる深い価値観であり、現代においてこそ見直されるべき視点かもしれない。壊れた器を手に取り、自分の手で丁寧に向き合う数時間のなかで、誰もが“直す”という行為の奥にある静かな力に気づいていく。

旅先での金継ぎ体験は、ただ器を修復するだけでなく、自分自身の時間や感性を整える行為でもある。その器が食卓に戻るとき、そこには旅の記憶と、新しい美しさが重なっている。