2025/06/16
香港・シンガポール・ドバイ 和牛輸出先トップの実情とニーズ

日本の和牛が世界中で高級食材としての地位を築くなか、特に輸出量が多い地域として挙げられるのが、香港・シンガポール・ドバイの三都市である。いずれも経済的に成熟し、外国人居住者が多く、外食文化が発達しているという共通点を持つが、和牛が求められる背景やニーズにはそれぞれ独自の事情がある。和牛輸出の戦略を考えるうえで、こうした地域ごとの“実情”を理解することは欠かせない。ここでは、この3都市における和牛需要の構造と消費者心理を深掘りする。

香港──中華圏の“和牛フロントライン”

日本からの和牛輸出量において、長らくトップの座を維持してきたのが香港である。その理由の一つは、物流の自由度とスピードにある。地理的に日本に近く、輸送期間が短いため、生鮮の状態でも高品質を保ったまま供給できる。また、関税が非常に低く、日本産の高級食材を扱う業者が多く存在する点も大きな利点となっている。

香港では、“和牛=富の象徴”という認識が浸透しており、特に中高所得層やビジネス層の間で高級焼肉や和牛しゃぶしゃぶが日常的に楽しまれている。高級ショッピングモールやホテル内レストランでは「日本産A5和牛」や「神戸ビーフ」がメニューの目玉として打ち出され、食材そのもののブランド力が顧客獲得の武器となっている。中国本土への和牛輸出が一定の制約を受けているなか、香港は事実上の“中華圏ゲートウェイ”としての機能も果たしており、本土の富裕層が香港に渡って和牛を楽しむという構図も存在する。

ニーズとしては、「霜降りの美しさ」「ブランド表示の明確さ」「贈答用としての高級感」が重視されており、見た目や格付けが価格に直結しやすい市場である。量より質、値段よりステータスという意識が強く、輸出業者にとっては“銘柄管理”が最も重要になる都市の一つと言える。

シンガポール──食の多様性と安全性への信頼

東南アジアの中で最も早い段階から和牛の輸入を進め、今では日本産和牛の有力市場となっているのがシンガポールである。この国が和牛に熱い視線を送る理由は、単なる富裕層マーケットというだけではない。シンガポールでは、政府による食品安全管理が非常に厳格に行われており、輸入食材の衛生証明や履歴管理が徹底されている。そのため、トレーサビリティが確立されている日本の和牛は、輸入許可を得やすく、かつ消費者からの信頼も厚い。

シンガポールでは、和牛は高級レストランだけでなく、ハイエンドのスーパーやデリカテッセンでも取り扱われている。一般家庭での“特別な日のごちそう”としても浸透しつつあり、バラエティ豊かな部位の需要が存在する。脂の多い霜降り肉に加え、赤身や肩ロース、すき焼き・しゃぶしゃぶ用の薄切り肉など、食文化に応じた用途で柔軟に活用されているのが特徴である。

この市場では、「食の安全性」「家庭調理のしやすさ」「調理方法の多様性」が重視される傾向にあり、味覚だけでなくライフスタイルに合った提案が求められる。ブランドよりも“食材としての機能性”に注目する消費者が多く、レシピや保存方法などの情報提供と組み合わせることが販売戦略として有効である。

ドバイ──“ハラール×高級志向”の融合マーケット

中東市場において近年注目を集めているのがアラブ首長国連邦・ドバイである。この地で日本産和牛が存在感を増している理由は、イスラム圏における“ハラール認証”和牛の供給が可能になったことが大きい。かつては宗教的な理由で輸出が制限されていたが、日本国内でもハラール処理対応の施設が整備されたことで、輸出が本格化。これにより、和牛のポテンシャルが一気に解放された。

ドバイでは世界中の富裕層が集まり、多国籍な外食文化が形成されている。とりわけ高級ホテルやミシュランレストランでの需要が高く、「WAGYU」という名前だけで選ばれるような絶対的なブランド力が形成されている。霜降り肉のとろける食感や、和牛ならではの繊細な風味は、濃厚な味付けが多い中東料理と対照的であり、料理人にとっても“新しい表現の素材”として重宝されている。

この市場では、「ハラール認証の有無」「高級ギフト需要」「料理人向け部位の多様性」が求められ、日本からの安定供給体制が鍵を握る。また、SNSでの露出や食イベントを通じた体験価値の演出が非常に効果的であり、ラグジュアリーの一環としての“和牛体験”が求められている。


日本和牛がそれぞれの都市で異なる形で価値を発揮しているのは、単なる食材の品質を超え、“文化性”や“信頼”、“演出価値”といった多次元の要素が融合しているからである。和牛の輸出拡大を今後も持続的に進めていくためには、こうした都市ごとの消費特性を的確に把握し、個別戦略を構築する視点が欠かせない。世界の食卓で、“WAGYU”は今後も進化を続けていく。