森の中を歩いていると、ふと耳に届くさえずり。チチチッ、ホーホケキョ、ピィーヨ、コツコツと木を叩く音。普段ならただの“背景音”として流してしまうようなその音に、少し意識を向けるだけで、森の表情がまったく違って見えてくる。そんな体験ができるのが、「森のサウンドツアー」である。
このツアーは、自然音にフォーカスをあてた散策型のプログラム。森の中を歩くのではなく、“音を聴くために止まる”という時間が中心になる。ガイドの案内のもと、林道や遊歩道をゆっくりと移動しながら、特定の場所に立ち止まって耳を澄ませる。人の声を潜め、機械音を遠ざけ、五感の中でも“聴く”という感覚に集中する。
ツアーではまず、音を楽しむ準備として深呼吸を行い、目を閉じることから始まる。これによって、視覚の情報が一度遮られ、耳の感度がぐっと上がる。普段は聞き逃していた小さな羽ばたきや木の葉が揺れる音、水が根元を流れる音までもが、まるで立体的に浮かび上がるように聞こえてくる。
ガイドは、その場で聞こえる鳥の声について丁寧に解説してくれる。ウグイスやシジュウカラ、コゲラ、メジロ、カケスなど、地域によって聞ける鳥の種類は異なり、それぞれの鳴き方にも特徴がある。双眼鏡を使って実際に鳥を見つけたり、鳴き声だけを手がかりに姿を想像したりと、音と視覚を組み合わせて観察する体験は、まるで自然の中で行うクイズのような楽しさがある。
このツアーのもう一つの魅力は、“静けさを共有する時間”にある。参加者全員が何も話さず、ただ同じ方向に耳を向けることで、不思議な一体感が生まれる。言葉を交わさなくても、同じ空気を感じているという感覚は、自然を通してつながる特別な関係をつくってくれる。
親子での参加にも適しており、子どもにとっては「音に耳をすませる」という行為そのものが新鮮な学びとなる。普段は活発に動き回る子どもも、静かな森の中で鳥の声を聴く時間に、自然と集中し始める。声を出さずに鳥を見つけたときの小さなジェスチャーや目配せは、親子の新たなコミュニケーションのかたちとなる。
ツアーの途中には、録音機材を使って音を記録し、後から再生するプログラムも用意されていることがある。自分がいた場所で聞いた音をそのまま持ち帰ることができるこの仕組みは、旅の記憶を耳に残すユニークなおみやげになる。
外国からの旅行者にとっても、日本の森林がもつ独特の音の世界は大きな魅力となる。通訳ガイド付きのコースや、多言語で記録された鳥の鳴き声一覧なども用意されており、言語を超えて楽しめるプログラムとなっている。
自然を“見る”ことから、“聴く”ことへと意識を切り替えるだけで、これまで何度も歩いたはずの森がまったく新しい姿を見せてくれる。鳥の声や風の音は、その日その時にしか出会えない“一期一会の風景”でもある。
森の中で耳をすます。たったそれだけの行為が、こんなにも心を静かにし、感覚を豊かにしてくれる。忙しい日常では気づけなかった小さな音が、旅の記憶としてそっと残り続ける。




