旅行先での朝は、日常から離れた自由と高揚に包まれる特別な時間だ。その土地の空気を吸い、まだ静かな街を歩きながら向かう先に、朝食という名の楽しみがある。北海道・札幌の朝を語るとき、多くの旅人が思い浮かべるのが、朝から味わう海鮮丼である。
市場に足を運べば、早朝から開いている食堂やカウンター席の店が軒を連ねる。カニ、ウニ、イクラ、ホタテ、サーモン、ボタンエビ、季節によってはアワビやキンキも並び、目の前で盛りつけられる一杯のどんぶりに、海の恵みがぎっしりと詰まっていく。
札幌には、観光客も地元民も訪れる市場がいくつかある。特に人気が高いのは、中心部からアクセスのよいエリアにある朝市や場外市場。まだ陽が昇りきらない時間から、活気と湯気が立ちのぼる。朝7時台にもかかわらず、カウンターの前には旅人がずらりと並び、旅の始まりにふさわしい朝食を楽しんでいる。
なぜ、札幌の朝食として海鮮丼がこれほど支持されているのか。その答えは、鮮度、コストパフォーマンス、そして贅沢の感覚にある。
まず、鮮度は圧倒的だ。北海道は言わずと知れた海産物の宝庫。近海で水揚げされたばかりの魚介が、札幌まで毎朝運ばれてくる。マグロやタイといった本州でもおなじみのネタに加え、北海道ならではのウニやイクラ、ホッケの刺身などが並ぶ。水温が低く身が締まっているため、噛みしめるたびに素材の甘みと旨味が舌に広がる。
次に、価格とボリュームのバランス。都心の高級寿司店で食べれば、数千円から一万円以上はくだらないような内容が、朝の札幌では手頃な価格で味わえる。もちろん観光地価格もゼロではないが、それでも質に対する満足感は極めて高い。地元民が通うような食堂では、千円台で豪華な海鮮丼が楽しめることも珍しくない。
そして何よりも、朝から贅沢をするという非日常性が、旅の記憶を強く刻む。普段の生活では、トーストやヨーグルトで済ませることの多い朝食の時間に、これほど濃密な体験ができる場所はそう多くない。白いごはんの上に、彩り豊かに並んだ海の宝石たち。その美しさに、まず目がとまり、続いて鼻に届く磯の香り、そして口に入れたときのとろける食感と深い味わい。五感をフルに使って楽しむ朝食は、旅の一日の始まりを鮮やかに彩ってくれる。
札幌では、各店がオリジナルの海鮮丼を用意しているのも楽しみの一つだ。数種類のネタを自由に選べるカスタム形式のどんぶり、ウニやイクラを惜しみなく盛った名物丼、旬の素材にこだわった季節限定メニューまで、そのバリエーションは実に豊富。中には、ごはんにかけるタレや出汁まで自家製にこだわり、細部まで抜かりない店もある。
また、朝から開いているだけでなく、サービスやホスピタリティにも気配りが行き届いている。観光客慣れしている店では、多言語のメニューや注文のしやすさにも配慮があり、海外からの旅行者も安心して利用できる。さらに、一部の店ではテイクアウトやミニサイズの海鮮丼も用意しており、胃袋の小さい人や時間が限られた旅行者にも優しい。
札幌での朝のひとときに海鮮丼を選ぶということは、単にお腹を満たすだけではなく、その土地の海と人と文化に触れる行為でもある。朝市で働く人々の声、並んでいる魚の美しさ、食堂のおかみさんの笑顔。そうしたすべてが、ひとつの朝食体験を完成させている。
旅は、非日常との出会いの連続だが、中でも一日の始まりにどんな食事をするかは、その日の気分や記憶に大きく影響する。だからこそ、札幌での朝に海鮮丼を味わうことは、旅のハイライトとなり得る。
ホテルの朝食ブッフェも悪くはないが、早起きして市場へ出かけ、自分の目と鼻と舌で選んだ一杯を静かに味わう時間には、何ものにも代えがたい充足感がある。そんな旅の朝こそ、記憶に深く残るごちそうなのだ。