2025/06/16
和牛生産は“契約飼育”が主流──肥育農家とブランド元の関係構造

高級和牛が消費者のもとに届くまでには、いくつもの工程と人の手が加わっている。その中でも、肉牛として出荷するまでの最終工程を担う「肥育農家」の存在は極めて重要だ。和牛の品質を左右する脂の入り方や肉の締まり、体格、健康状態などは、この肥育の段階で決まるといっても過言ではない。そして近年、こうした肥育の現場においては“契約飼育”という形態が主流となっている。ブランド和牛が安定的に市場に供給される背景には、肥育農家とブランド元との間にある密接かつ複雑な関係構造がある。

“契約飼育”とは、牛の所有権はブランド元や流通業者、販売会社などにあり、肥育農家は委託を受けて育てるという仕組みである。かつては農家が自ら市場で子牛を購入し、自分のリスクで肥育して販売するという「自家飼育」型が主流だったが、近年は大規模経営やリスク回避の観点から、契約ベースでの飼育が拡大している。特にブランド和牛のような高品質を要求される領域では、この契約飼育が重要な役割を果たしている。

この仕組みの最大の特徴は、“肥育農家が所有しない牛を育てる”という点にある。農家は契約に基づき、指定された飼料や管理方法、飼養期間、体重目標などの指示を遵守して育てる。出荷後には肥育の成績(格付け・体重・歩留まり)に応じた手数料や成功報酬が支払われることが多く、「品質を高めること=収入増」に直結する設計になっている。

このような契約飼育制度が普及した背景には、いくつかの要因がある。第一に、和牛の価格が高騰し、1頭あたりの初期投資が非常に大きくなったことが挙げられる。子牛1頭の価格は近年では50万〜100万円以上に達することもあり、小規模農家にとっては仕入れコストが大きな負担となる。さらに、飼料価格の変動や疾病リスク、出荷時の市場価格による収入の不確定性など、経営上のリスクは年々増している。そのため、リスクを軽減しつつ、収益の安定を図る手段として、委託型の契約飼育が支持されているのである。

また、ブランド側にとってもこの仕組みは非常に合理的だ。指定の血統や系統の牛を、一定の肥育基準で飼育させることができるため、品質のバラつきを抑えやすくなる。さらに、育成環境に関する情報や成績を一元的に管理することで、ブランド価値の維持・向上につなげることができる。実際、多くの有名ブランド和牛では、肥育農家と継続的な契約を結び、生産体制を安定させている。

ただし、この構造には課題もある。まず、肥育農家の「自立性」が制限されやすいという側面だ。契約に基づく育成である以上、飼料配合や投薬、飼養環境において自由な裁量が効きにくく、創意工夫や独自の技術を活かしにくいという声もある。とりわけ、長年かけて築いてきた飼育ノウハウを契約条件に“押し込められる”ことに抵抗を示す農家もいる。

また、契約条件によっては利益配分に不満が出るケースもある。たとえ高格付けの和牛を出荷しても、委託報酬が固定されていれば、肥育農家にとっては努力が必ずしも報われないという構造になりかねない。ブランド元が管理を強化すればするほど、現場の負担が増し、収益とのバランスが課題になる。

一方で、契約飼育を活用しながらも独自性を模索する農家も増えている。ブランド元との関係を保ちながら、自らの農場名を冠した出荷、農場直販、エシカルな飼育方法を打ち出すなど、差別化を図る動きも活発だ。これにより、農家側も単なる“下請け”ではなく、「共にブランドを育てる存在」としての地位を確立しつつある。

契約飼育は、リスクの分散と品質の安定を同時に実現する仕組みとして、現代の和牛生産において欠かせない存在となっている。だが、それは一方的な支配構造ではなく、あくまで生産者とブランド側が“協働”することでこそ、持続可能な産業となる。高品質な和牛の裏側には、精緻に設計されたパートナーシップが存在しており、そのバランスの上に、私たちが知る“美味しさ”が成り立っているのである。