一見、昭和の風景から抜け出してきたかのような木製のおもちゃ──けん玉。しかし今、この日本の伝統玩具が、香港の若者や子どもたちの間で「新しい遊び」として再評価され、静かなブームを巻き起こしている。
SNSには、複雑な技を軽やかにこなす香港の中高生や、親子で競い合う動画が続々と投稿され、「#Kendama」「#日式玩具」などのタグが人気上昇中。なぜ今、けん玉なのか? その背景には、“アナログだからこそ面白い”という、新しい遊び方の発見がある。
木の音が心地よい──デジタル疲れを癒す感覚体験
スマートフォンやゲームに囲まれた生活に慣れた子どもたちにとって、けん玉はまさに“異文化”との出会いである。画面もバイブも使わず、手と体だけで挑戦を続けるけん玉は、一見すると地味。しかし一度その感覚を覚えると、独特の「木の音」と「リズム感」に引き込まれていく。
「最初は難しかったけど、“カコン”と決まった瞬間の音が気持ちいい」と語るのは、香港島の小学校に通う10歳の女の子。彼女は毎日、放課後にけん玉チャレンジを10分間行うのが日課になっているという。
この“音と感触”の組み合わせは、視覚に偏りがちな現代の遊びに足りなかった要素だ。五感で楽しむことで、集中力や身体バランスの向上にもつながると、教育関係者も注目している。
技を競う“スポーツけん玉”の広がり
さらに香港では、けん玉が“遊び”の枠を超えて、スポーツやパフォーマンスの領域にまで発展している。技名がついた多彩なトリック、スピードを競うタイムアタック、さらには音楽と合わせたダンス的演出まで登場。これにより若年層を中心にけん玉の“再発見”が加速しているのだ。
現地ではけん玉愛好家によるクラブやワークショップも活発に行われ、近年は日本のプロプレイヤーを招いた国際イベントも開催された。中には「競技けん玉」を授業に取り入れる学校もあり、授業終了後に“技披露タイム”が恒例になっている例もある。
このように、けん玉はただの昔のおもちゃではなく、「チャレンジするほど上達が見える」成長型の遊びとして、多くの香港キッズの心をつかんでいる。
アナログが生むコミュニケーション
けん玉の魅力は、技術や競技性だけではない。実際に対面で一緒に遊ぶことで、世代や国籍を超えたコミュニケーションが生まれる点も大きな価値だ。
親子で、友達同士で、あるいは日本と香港の子どもたちがイベントで交流しながら技を教え合う──そうしたシーンは、デジタルにはない温かみとライブ感をもたらす。ひとつの玉と3つの皿をめぐって生まれる緊張感と笑い声は、まさに「遊びが言語になる」瞬間である。
また、けん玉は技術力だけでなく、集中力、手先の器用さ、諦めない心といった“学びの要素”も自然に含んでおり、保護者や教育関係者からの支持も高い。
“レトロ”が“新しい”になる時代
現代は、情報もエンタメもスマホ一つで手に入る時代。しかし、だからこそ「自分の体を使って遊ぶ」「できなかったことができるようになる」感覚が、貴重な体験として見直されている。
けん玉が支持される理由は、まさにその“体感の面白さ”にある。見た目はレトロ、けれど遊び方は進化している──「懐かしい」が「新しい」に転じる瞬間が、今、香港の街角で起きているのだ。
終わりに──けん玉がつなぐ未来
日本から伝わったけん玉が、香港の子どもたちの毎日に息づき、学校、家庭、SNSの中で存在感を増している。そこには単なる流行を超えた、“文化が遊びとして生きる”姿がある。
木の感触と音を通じて、世代や国を越えてつながる──けん玉は、現代に生きる私たちに「シンプルなものの力強さ」を教えてくれる、そんな存在なのかもしれない。