2025/06/27
祖父母が遊んだ“おはじき”を孫と──香港家庭に広がる昭和の遊び

煌びやかなガラス片が、ちゃりんと音を立てて跳ねる。その音に、子どもと祖父母がそろって笑い合う。手のひらに収まる小さな宝石──「おはじき」は、かつて昭和の日本の子どもたちが夢中になった遊び道具だった。

今、その懐かしい遊びが、香港の家庭で“新しい文化体験”として受け入れられ始めている。きっかけは、祖父母世代の記憶と、孫世代の好奇心が、時を超えて交差したことだった。

おはじきとは何か──シンプルな“指の知育”

おはじきは、平らなガラスやプラスチックの小さな駒を指ではじいて遊ぶ、日本の伝統的な子どもの遊び。ルールは単純で、地面に並べた駒を順に弾き合い、相手の駒に当てたり、自分のエリアに引き寄せたりして勝負を決める。

日本では明治から昭和にかけて庶民の間で広まり、特に女の子の間で人気だった。色や形が美しいもの、手作りのもの、兄弟や友達と分け合って遊ぶもの──その思い出は、多くの祖父母世代の記憶に刻まれている。

そんな「昭和の遊び」が、いま香港の家庭で復活している。

なぜ今“おはじき”?──世代をつなぐ小さなきっかけ

「これはね、おばあちゃんが小さい頃に遊んでたおもちゃなのよ」

そう言って、祖母が孫にそっと手渡すのは、カラフルなガラスのおはじき。香港では、かつて日本で学んだ世代、あるいは日系カルチャーに親しんだ世代が、今や孫を持つ立場となり、文化を“家庭の中”で自然と伝えている。

「スマホのゲームと違って、触って、動かして、考えながら遊ぶのがいい」と語るのは、ある香港の父親。彼は日本出張時に購入したおはじきを、娘と一緒に遊ぶようになった。「初めて遊んだのに、娘はすぐにハマった。特に“おはじきを集める”のが楽しいらしくて、今では色違いを自分で集めている」

このように、見た目の美しさ、遊び方のシンプルさ、そして“集める喜び”が、現代の子どもたちの感性ともうまく共鳴しているのだ。

遊びを通して育まれる感性

おはじきは、単なる遊びにとどまらない。小さな駒を指先ではじくことで、細かな運動能力が育ち、集中力や空間認識力も自然と身につく。さらに、ルールを守る・順番を待つ・勝敗を受け入れる──といった、他者とのコミュニケーション力も養われる。

ある香港の小学校では、放課後活動として「日本の昔遊びクラブ」が発足し、おはじきやけん玉、あやとりが取り入れられている。担当の教師はこう語る。「現代の子どもたちは、ルールが明示されない自由な遊びに慣れていません。でもおはじきには“失敗しても、またやってみる”という前向きな学びがあるんです」

また、工作クラブでは“紙や貝殻でオリジナルおはじきを作る”というプロジェクトも人気。遊びながら手を動かすことで、ものづくりの楽しさにもつながっている。

文化の継承は、家庭の中から

おはじきの良さは、特別な道具や技術が要らず、誰でもすぐに始められること。そして、言葉を越えて楽しめる点にもある。

祖父母が日本語で思い出を語り、孫が広東語で返す──そんなやり取りの中で、世代や文化を超えた共通の体験が生まれる。それは、博物館で学ぶ文化ではなく、“生活の延長線”にあるリアルな継承だ。

おはじきは、手のひらサイズの“思い出”であり、親子の時間を彩る“現在進行形の遊び”でもある。

おわりに──小さな駒がつなぐ、大きな絆

香港の家庭で、おはじきを巡る会話が生まれ、親子三代が一緒に笑う──そんな日常の中に、日本の昭和文化は静かに息づいている。

デジタル化が進む現代において、こうした“手と手で伝える遊び”は、ますます貴重な存在になるだろう。

たったひとつのガラス片が、記憶と感性と未来をつなぐ──おはじきは、まさにその象徴なのかもしれない。