2025/06/27
けん玉がつなぐ日港文化交流──木の音が響く国際大会の舞台裏

“カコンッ”という心地よい木の音が、体育館に響く。歓声と拍手が重なり、観客が見守る中、ひとりの少年が難易度の高い技を成功させた。場所は香港・九龍にある中学校の講堂。開催されていたのは、日本と香港のけん玉愛好者が集う「けん玉国際交流大会」だ。

かつて昭和の子どもたちが遊んでいた木製のおもちゃ「けん玉」が、今では国境を越えて人と人をつなぐ“文化のかけ橋”になっている。日本発祥のこの伝統玩具は、どうして香港で、そして国際的な舞台でここまで愛される存在になったのだろうか。

「技」ではなく「心」で勝負する

けん玉は、「玉を皿に乗せる」「玉を剣先に刺す」といった基本技から、数百種類に及ぶ複雑なトリックまで幅広い技術が存在する。だが、国際大会の特徴は、単なる技の精度だけではなく、「リズム感」「姿勢」「相手とのリスペクト」も評価される点にある。

大会の審査員を務めた日本のプロけん玉プレイヤー・田中翔太氏はこう語る。「けん玉は、ただの技術競技ではありません。集中力、礼儀、挑戦する姿勢──それが舞台に現れたとき、技以上の感動が生まれるのです」

実際、香港の学生プレイヤーたちは、大技に挑戦するだけでなく、日本語で「よろしくお願いします」「ありがとうございました」と挨拶を交わすなど、けん玉を通して日本文化への理解を深めていた。

木の音が“言語”になる

言葉が通じなくても、けん玉があれば通じ合える。技が決まったときの「カチッ」という木の音、思わず漏れる「おぉー」という歓声──それだけで空気はつながる。

大会中、香港の小学生と日本から来た高校生が即興でペアを組み、リレー形式で技をつなぐ場面もあった。言葉は交わしていなくても、互いの目を見てタイミングを合わせ、技が成功したときには自然とハイタッチが生まれていた。

こうした光景に、保護者の一人は感動を隠さず語った。「国籍も言葉も関係なく、けん玉一つでこんなに仲良くなれるなんて、驚きました。まるで木の音が言葉の代わりになっているようでした」

大会の裏側には、草の根の交流があった

この大会を企画・運営したのは、香港在住の日本人有志と、現地の教育関係者たち。何年も前から学校訪問やワークショップを通じてけん玉文化を根付かせ、ようやく実現したイベントだった。

主催者のひとりであるMs. Katoは、こう語る。「けん玉は、子どもたちの手と目と心を使う素晴らしい道具。でも、それ以上に“人と人をつなぐ道具”だと感じています。日本と香港の子どもたちが笑い合っている姿を見るたびに、この活動をやってよかったと思います」

当日は、大会の前後に「けん玉を作る体験コーナー」や「日本の昔遊び体験ブース」も設けられ、けん玉を起点とした幅広い文化交流が行われた。

若者の間で再評価される“木の魅力”

けん玉の人気は単なる“レトロブーム”ではない。木の手触り、音、温もり──それらが、デジタル機器にはないリアルな魅力として、若い世代に再評価されているのだ。

「SNSで技をシェアしたり、チームを作って練習したりすることで、けん玉が“今の遊び”として進化しています」と語るのは、香港のけん玉クラブのリーダー、リッキーさん(17歳)。彼は日本の技名を覚え、プレイ動画に字幕をつけて発信するなど、独自の方法でけん玉の面白さを広げている。

こうした“ローカル×グローバル”の動きが、けん玉という伝統玩具を現代的なカルチャーへと昇華させている。

おわりに──ひとつの玉がつなぐ、ふたつの文化

けん玉は、木と糸と玉という、ただそれだけの道具だ。だが、その中に詰まっているのは、技術、精神、礼儀、そして人と人をつなぐ力である。

香港と日本。言語も文化も異なる2つの場所を、けん玉という小さな玩具がつないでいく。
舞台に響いたあの“木の音”は、国境を越えた友情の証でもあった。