京都や大阪の観光に比べ、滋賀県の存在はやや控えめかもしれない。しかし、琵琶湖のほとりに位置する「近江八幡」は、歴史と自然が静かに共存する町として、訪れる人の感性を深く刺激する場所だ。とりわけ、八幡堀や水郷を舟でめぐる体験は、日本の原風景に触れる旅として、じわじわと人気を集めている。
京都駅から新快速でわずか30分ほど。JR近江八幡駅からバスで10分ほどの距離に、静かな歴史地区が広がっている。八幡堀は、戦国時代に豊臣秀次が築いた運河で、かつては商人たちが船で物資を運んだ流通の要所だった。今では石垣と柳の並木に囲まれ、タイムスリップしたかのような風景を残している。
水郷めぐりでは、手漕ぎの和舟に乗って、水路をゆっくりと進む。ガイドの語りを聞きながら、静かな水面を滑るように移動するその時間は、スピードや情報に追われがちな現代にあって、まるで時間が止まったかのような安らぎをもたらす。春には桜、夏は蓮、秋には紅葉、そして冬は水墨画のような静寂と、四季折々の表情が旅人を迎えてくれる。
舟から眺める町並みは、地上からとは異なる視点で、古い蔵や茅葺屋根の民家、神社仏閣の一部が水辺に溶け込むように佇んでいる。なかには、船着き場のすぐ脇にカフェや古民家ショップがある場所もあり、下船後に立ち寄る楽しみも広がる。
近江八幡はまた、近江商人の発祥地としても知られており、旧市街地には彼らの屋敷や資料館が残されている。「かわらミュージアム」や「八幡山ロープウェー」など、小規模ながらも個性的な施設が点在し、歴史散策と景観の両方が楽しめる町としての深みがある。
食事処も見逃せない。地元の近江牛を使ったすき焼きや、鮒寿司といった郷土料理のほか、川沿いの古民家カフェでは、琵琶湖の魚を使ったランチや滋賀県産の食材を活かしたメニューが楽しめる。地酒や和スイーツとともに味わえば、旅の満足感もさらに高まる。
京都や大阪からの距離を感じさせないほどアクセスが良いにもかかわらず、近江八幡には“静かに深く癒される時間”が流れている。観光地の喧騒ではなく、人と景色の距離感がちょうどよいこの町は、日帰りでも、じっくり滞在でも、心の余白を取り戻すのにふさわしい。
近江八幡の水郷は、過去の暮らしの痕跡と、自然との共生の知恵が今も生きる場所。観光ではなく、“体感”として旅を味わいたい人にこそ、訪れてほしい場所である。