兵庫県・神戸市の北部、六甲山のふもとにひっそりと広がる「有馬温泉」は、日本三古湯のひとつに数えられる歴史ある名湯。神戸や大阪からのアクセスが良いため、日帰り利用で済ませてしまう人も少なくないが、実はこの地の真価は“泊まること”で初めてわかる。わずか30分の移動でたどり着ける非日常空間に、贅沢な時間が静かに流れている。
有馬温泉の最大の特徴は、全国的にも珍しい2種類の泉質を同時に楽しめること。「金泉」と呼ばれる赤褐色の湯は鉄分と塩分を豊富に含み、体の芯まで温まる保温力が魅力。一方、「銀泉」は炭酸泉やラジウム泉で透明な湯。血流促進や疲労回復、美肌効果も期待できる。多くの宿泊施設が両方の湯を備えており、時間を気にせず湯巡りできるのは、宿泊者だけに許された特権だ。
チェックインを済ませたら、浴衣姿で温泉街のそぞろ歩きへ。石畳の路地に沿って軒を連ねる老舗の和菓子店や土産物屋、小さなギャラリーには、有馬ならではのゆるやかな空気が流れている。炭酸せんべいや湯上がりの冷やし甘酒を片手に歩くひとときは、まさに旅の醍醐味。日帰り客が減った夕刻以降は、街もぐっと静まり、まるでタイムスリップしたかのような風情に包まれる。
夕食は、宿で味わう懐石料理がおすすめ。地元・丹波や篠山の山の幸、瀬戸内の魚介など、四季折々の食材が上品に調理され、一品ずつ丁寧に供される。目と舌で季節を感じるこの食体験もまた、有馬で一泊する理由のひとつだ。さらに、夜の露天風呂で金泉に身を沈めながら見上げる星空は、都市ではなかなか味わえない特別な時間を与えてくれる。
翌朝は、早起きしてもうひと風呂。朝の静けさの中、温まった体で川沿いをゆっくり散策すれば、鳥の声と湯けむりの匂いが旅の余韻を優しく引き延ばしてくれる。地元の豆腐や湯葉、湯豆腐を取り入れた和朝食をいただいて、心も体もすっきり整った状態でチェックアウト。
有馬温泉は「近いからこそ泊まるべき温泉地」である。時間に追われず、静かに、贅沢に、自然と文化と湯に身を預ける──そんな大人の滞在がここにはある。日帰りでは触れきれない深さと余韻が、有馬には静かに息づいている。