島根県の県庁所在地・松江は、「水の都」と呼ばれる風情あふれる町。宍道湖(しんじこ)や中海に囲まれ、街の中心には歴史ある「松江城」が堂々と佇んでいる。さらに、その城を取り囲むようにめぐる堀川を遊覧船でめぐれば、まるで時が緩やかに流れていくような静寂に身を委ねることができる。観光地の喧騒とは無縁の、上質な時間がここにはある。
松江城は、現存する12天守の一つで、国宝にも指定されている貴重な歴史遺産。慶長16年(1611年)に築かれたこの城は、黒塗りの木造建築が特徴で、質実剛健な佇まいが訪れる者を圧倒する。天守に登れば、宍道湖や城下町を一望でき、かつてこの地を治めた松平家の歴史に思いを馳せることができる。
松江城を訪れたなら、ぜひ体験しておきたいのが「堀川遊覧船」だ。松江城を囲む堀川は、全長約3.7km。遊覧船はこの水路を約50分かけて巡り、船頭のガイドとともに、町の歴史や文化を水の視点から紹介してくれる。船は屋根付きの小型和船で、季節によってはこたつ船や風通しの良い夏船など、時節に合った趣向が凝らされている。
何より印象的なのは、水面すれすれをゆったりと進むその静けさ。水の音、風の感触、頭上を通り過ぎる柳の枝……地上とはまったく違う時間軸が流れているように感じられる。途中には、屋根を下げてくぐる低い橋がいくつもあり、身をかがめるたびに自然と気持ちも引き締まり、非日常の世界へ深く入り込んでいく。
松江はまた、和の文化が今も丁寧に息づく街でもある。武家屋敷や塩見縄手、茶の湯文化を今に伝える施設など、堀川沿いを歩いているだけで静かで凛とした雰囲気に包まれる。喧噪を求める旅ではなく、心を落ち着けたいとき、静けさの中で何かを取り戻したいとき、松江の町並みはそっと寄り添ってくれる。
お昼や休憩には、地元の出雲そばや宍道湖産のしじみ汁を提供する食事処が点在し、風情ある店構えの中で、滋味深い郷土の味を楽しむことができる。湖畔のカフェや和菓子店でひと息つくのも、松江らしい旅の余白となる。
松江城と堀川をめぐる体験は、ただの観光ではなく、土地の記憶と文化に静かに触れる時間。華やかではないが、深く残る。心がざわつく日々から一歩離れ、静けさに身を浸したいとき、松江はその扉を静かに開いてくれる。