2025/07/03
つくる、伝える、残す 日本の手しごとの現在地

日本各地には、今もなお手作業によってものをつくる人々がいる。ろくろを回す陶芸家、織機に向かう染織家、金槌を打つ鍛冶職人、漆を塗り重ねる塗師。彼らの仕事は静かで、時間がかかり、効率とは遠い世界にある。しかしその営みは、確かに今も息づいており、未来へとつながっている。

手しごととは、道具を使い、自らの感覚と身体で素材と向き合いながら、ひとつひとつを生み出していく行為である。大量生産されたもののような均質さはないが、その分だけ、作り手の気配がはっきりと感じられる。わずかなゆらぎや手の跡さえもが、その作品の個性であり、魅力である。

つくるということは、簡単ではない。素材を選び、気候や湿度に合わせ、集中力を絶やさずに手を動かし続ける。その繰り返しの中でしか生まれない技術と感性があり、そこにしかない表情が生まれる。すぐに結果を求められる今の時代において、その姿勢はとても貴重で、尊い。

また、日本の手しごとは、単に作るだけでなく、それを伝えるという使命も担っている。弟子を育てる職人、ワークショップを開く作家、学校教育に取り入れられる工芸の時間。自らが培ってきた技術や感覚を、次の世代に伝えていくこともまた、ひとつの大きな仕事である。

伝えるとは、形だけを教えることではない。なぜこの素材を選ぶのか、なぜこの順番で仕上げるのか。一見無駄に思えるような動作の中にも、道具や素材と長く付き合ってきた人にしかわからない意味がある。それを言葉にし、動作に込め、体感させることで、文化は静かに受け継がれていく。

そして、つくることも伝えることも、その先には「残す」という営みがある。それは作品を残すということだけでなく、技術や価値観、生き方そのものを次の時代につないでいくということ。たとえ一度途絶えてしまったとしても、それを記録し、思い出し、再び灯す力が、手しごとの世界にはある。

今、手しごとを取り巻く環境は決して平坦ではない。高齢化、後継者不足、素材の入手困難、価値の伝わりにくさ。しかしそれでも、多くの作り手が自分のペースで、自分の感覚で、自分の手で作り続けている。その姿は、文化が静かに生きている証である。

私たちにできることは、それらの手しごとを知り、選び、使い、暮らしの中に取り入れていくこと。その器で食事をし、その布で包み、その灯りの下で時間を過ごすこと。それは作り手とともに、文化の担い手となることである。

つくる、伝える、残す。その連なりが、日本の手しごとの現在地である。そしてそれは、過去のものではなく、今を生きる誰かの手の中で静かに続いている。未来に向けて、今日もまた、ひとつの物語が紡がれている。