2025/07/03
昔ながらの和ろうそくを灯す夜 ゆらぎの炎が語る、日本の静けさ

電気の明かりが当たり前となった現代において、ろうそくの火は特別な存在である。ましてや、昔ながらの製法でつくられた和ろうそくの炎は、その柔らかな光と揺れで、ただ明るく照らす以上の時間をもたらしてくれる。旅先で和ろうそくを灯し、その光の下で過ごす夜は、日本の“静けさ”や“余白”を味わうための、贅沢な体験となる。

和ろうそくは、ハゼの実などから抽出した植物性の蝋を原料に、一本ずつ手作業で仕上げられる。芯には和紙とい草の繊維が使われており、洋ろうそくとは違って芯が太く、火を灯したときの炎が大きくゆらぎやすいのが特徴だ。この揺らぎは一定のリズムではなく、不規則に動くことで、目にも心にも安らぎをもたらすとされている。

体験は、まず和ろうそくの構造や製造過程を学ぶところから始まる。地元の職人が、芯を巻き、蝋を塗り重ねていく手仕事を実演してくれることもあり、その繊細な動きと素材への丁寧な向き合い方に、ものづくりの深さを実感する。中には、実際に蝋を塗る簡単な体験をさせてもらえる工房もあり、手のひらの感覚を通じて“作る”ことの意味を味わうことができる。

夜の時間帯に開催されるプログラムでは、自分で選んだ和ろうそくに火を灯し、その光の中で静かに過ごす時間が用意されている。灯りは部屋全体を照らすものではなく、手元に集中するやわらかな範囲だけを照らす。そこでは、読書をしたり、日記を綴ったり、お茶を飲んだりといった、ごく当たり前の行為さえも、特別な行動として感じられるようになる。

その場に流れるのは、ろうそくの炎の音のないゆらぎと、時間を忘れたような静寂である。誰かと声を交わさずとも、火を見つめているだけで自然と心が落ち着き、自分の内側と静かに向き合える。現代の旅では珍しい、“何もしないこと”に価値を見出すひとときだ。

親子での参加も可能であり、子どもたちは火の扱いを通じて、光の尊さや注意深く扱うことの大切さを学ぶ。普段はボタンひとつで灯る明かりも、芯に火をともすという行為を経ることで、光そのものに向き合う意識が育まれる。炎が揺れるたびに、親子で視線を交わす時間は、日常とは違うやわらかなつながりをもたらしてくれる。

会場は、寺院や古民家、町家の一室など、和の空間を活かした静かな場所であることが多い。木の床、障子越しの月明かり、夏には風鈴の音が重なり、秋には虫の声が響く。そうした自然と調和した空間で、和ろうそくの炎が生きる姿を見ると、火そのものが日本の風景の一部であることに気づかされる。

外国からの旅行者にとっても、この体験は視覚と言葉を超えた深い印象を残す。言語に頼らずとも、炎の動きや空気の変化を感じることは誰にとっても共通の体験であり、日本文化にある“間”や“静”を体感する手段としても評価されている。多言語の案内が用意されている工房もあり、文化的背景や使用方法などをわかりやすく学ぶことができる。

和ろうそくの炎は、強く燃えるのではなく、静かに揺れて周囲を照らす。その在り方そのものが、日本人の生き方や美意識と重なる。旅の中で、この炎と向き合う時間を持つことで、慌ただしい日々では感じられない“余白”の大切さにふと気づくかもしれない。