2025/07/03
雪の上で寝ころぶ1日 音のない白い世界で、五感をひらく旅の記憶

一歩、また一歩。雪を踏みしめるたびに、キュッと足元から音が返ってくる。その音すらも次第に遠のいていき、ふと立ち止まると、まるで世界から音が消えたような感覚に包まれる。そんな“音のない時間”を味わえるのが、雪原での寝ころび体験である。特別な技術も道具もいらない。ただ雪の上に身を預け、白に包まれる。旅先で得られるこの静寂の体験は、心に深く刻まれる一日となる。

この体験プログラムは、北海道や東北、北陸、甲信地方の豪雪地帯で開催されており、スノーシューや防寒具をレンタルしてくれるため、雪になじみのない人でも安心して参加できる。ガイドとともに雪原へ向かい、静かな森や広がる原野の中で、自分だけの“白い場所”を見つける。そして、思いきってその場に寝ころんでみる。最初は服が濡れるのではないかと少し緊張するが、ふかふかのパウダースノーは意外なほど優しく身体を支えてくれる。

視界いっぱいに広がる空と雪。耳に届くのは、遠くの風の音、鳥の羽ばたき、時折木々が雪を落とすかすかな音だけ。目を閉じれば、白さすらも感覚の一部となり、雪に包まれるというより、自分自身が雪の一部になったような錯覚すら覚える。忙しい日常の中では決して得られない“何もしない時間”が、ここにはある。

寝ころび体験の前後には、雪とのふれあいを楽しむミニアクティビティが用意されていることも多い。雪玉づくりや、雪の結晶観察、氷の音を聞くワーク、雪上に絵を描くアート体験など、子どもから大人まで楽しめる構成になっている。子どもたちは寝ころぶことすら“遊び”のひとつとして全力で楽しみ、大人はそんな姿を眺めながら、静かに雪と向き合う。

親子での参加も多く、「ただ雪の上に寝る」だけの行為が、思いのほか大切な記憶として残っていく。スマートフォンをしまい、会話も最小限に、空と雪と呼吸だけで過ごす数分間。寒さやまぶしさといった身体の感覚も含めて、その時間は旅の一部ではなく、旅そのものになる。

案内人は、地域の自然や雪の性質に詳しいガイドが担当しており、安全面や装備に関して丁寧にサポートしてくれる。雪原の歩き方や寝ころぶときの注意点、万が一濡れた場合の対応なども事前にしっかり説明されるため、不安なく挑戦できる。天候や気温に応じた時間配分がなされており、無理のない範囲で安心して楽しめるよう設計されている。

外国からの旅行者にもこの体験は非常に人気があり、英語による説明や通訳サポートがついたプランも充実している。雪国の文化や暮らし方を知るきっかけにもなり、ただ「白い世界を体感する」だけでなく、その背景にある自然との共存のあり方にふれることができる。

雪の上で寝ころぶ。これだけの行為が、これほど豊かな感覚をもたらすとは思っていなかった──多くの人が体験後に口にする言葉だ。見上げた空の色、雪のにおい、指先の冷たさ。すべてが、五感をひらいてくれる。旅という非日常の中で、何もせずに自然とつながる時間は、意外にももっとも記憶に残る瞬間かもしれない。