2013年、「和食(WASHOKU)」がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的な注目を浴びた。食材の旨味を活かす調理法、四季を映す盛り付け、年中行事との深い結びつき──それらは単なる料理を超えた“文化のかたち”として、海外でも愛される存在となった。
では、もし“和の音楽”にも同じような認知が広がったとしたら?
今、静かに注目され始めているのが、“WASONG(和ソング)”という新たな文化輸出の兆しだ。これは、伝統音楽や昭和歌謡、民謡、現代邦楽までを含む“日本的な音の世界”全体を指す概念として、海外のメディアや研究者の間で使われ始めている。
音にも「四季」と「情緒」がある
WASONGの特徴は、ただ“日本で作られた音楽”というだけではない。そこには、和食と同じく「自然との関係」「季節の感覚」「間(ま)」といった日本独自の感性が息づいている。
たとえば尺八や箏(こと)の音色には、風の音や水のせせらぎといった自然の音に近い周波数が含まれ、聴く人に“空気そのもの”を感じさせる力がある。歌詞には、直接的な表現ではなく、余白や余韻を残す比喩が多く、「言わずに伝える」ことが美とされる。
まさにWASHOKUが「素材の味を活かす」ように、WASONGも「音の間を活かす」。その感性が、今、海外のリスナーやアーティストたちの心をとらえている。
世界の耳が“静かな音”を求めている
グローバル音楽市場では近年、“過剰な情報や刺激”から距離を置き、内面と向き合うような音楽へのニーズが高まっている。Lo-fi、アンビエント、ネオクラシカル──その流れの中で、日本の環境音楽や伝統音楽が注目され始めた。
特に坂本龍一や久石譲のように「静寂と旋律のあいだ」を聴かせる作曲家たちは、世界中の映画・広告・ヨガ音楽にも影響を与えてきた。最近では、邦楽器を取り入れた海外アーティストや、日本語の響きを活かしたボーカルトラックがプレイリストに加わることも珍しくない。
つまり、今の世界は“WASONGを受け入れる耳”をすでに持ち始めているのだ。
WASONGの可能性は「歌」だけじゃない
WASONGという概念は、J-POPやアニメソングといったジャンルとは異なる。“日本的な音楽文化全体”を包括する枠として、多様な要素を含んでいる。
たとえば──
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民謡:土地の言葉と暮らしのリズムを伝える声
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邦楽器演奏:三味線、鼓、箏、尺八が持つ素材の音
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音風景(サウンドスケープ):鳥の声、風鈴、寺の鐘など生活音の美しさ
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童謡・唱歌:世代を超えて記憶される旋律と詩
これらはそれぞれ単体で“音楽”として成立するだけでなく、“日本の時間感覚”や“精神性”を音として世界に伝える手段となる。
和食が“文化外交”になったように
WASHOKUが外交官の公式晩餐会に使われ、観光と教育のコンテンツとして広がっていったように、WASONGもまた“文化外交”の可能性を秘めている。
日本文化への関心が高い地域では、伝統音楽のワークショップや邦楽コンサートへの需要が年々高まり、留学生が三味線を学ぶ姿も見られるようになってきた。音楽学校の教材にも「尺八の音階」や「日本語の発音とメロディの関係性」が取り上げられ始めている。
おわりに──“聴かれる文化”から“聴き合う文化”へ
和食が舌を通じて文化を伝えてきたように、WASONGは耳を通して心をつなげる存在になりつつある。そこにあるのは、「これが日本の音楽です」と一方的に提示するのではなく、「一緒に味わいましょう」と差し出すような静かな対話の姿勢だ。